忍者ブログ
 3 |  4 |  5 |  6 |  7 |  8 |  9 |  10 |  11 |  12 |
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 ミセス・ファーガソンンの家、つまり、ルシリアの実家はシティーの郊外から更に少し離れたデルという町にある。アーサーはその日ばかりは残業をせずに家に帰り、マーサが用意していたスコーンと紅茶で一息ついてから、タキシードに着替えて家を出た。ミセス・ファーガソンの開くパーティーは近頃では珍しいくらい格式ばっていて、もちろん強制されているわけではないが、男性はタキシードを着ていくことが慣例となっている。
 ミセス・ファーガソンの屋敷は町の中心部から少し離れた丘の上にあり、柘植の生垣でぐるりと囲まれた広大な芝生の広場の真ん中に建っている。数年前に建築されたアメリカ風の現代的な建物だ。玄関の横はテラスになっていて、その奥の大きくて開放的な窓には赤々と明かりが灯り、部屋の中には既にかなりの人数が集まっていることが見て取れた。アーサーは玄関近くの広場に止まっている数台の車の端の方に車を止めると玄関へ向かった。
「アーサー!いらっしゃい!」
アーサーが来たことを窓から見ていて知ったのか、彼が呼び鈴を押すより前に扉が開き、オリアナが彼に向かって突進してきた。
「オリアナ・元気だったかい?」
アーサーはオリアナをがっちり受け止めると高く持ち上げた。ベージュのブラウスに茶色のスカートを着たアリアナは少女らしい嬌声を上げてアーサーの首にしがみついた。
「会えてうれしい!ねえねえ、私、今晩はここに泊まるけど、明日アーサーの家に泊まりに行っていい?」
アーサーはオリアナを床におろしながら、明日と明後日の予定が何かあったかどうか、思い出そうとしていたが、その間に玄関ホールにシルバーグレイのロングドレスを着たルシリアがやって来て言った。
「オリアナ。アーサーはお仕事が忙しいのよ」
「いや、特に何もないよ」アーサーはオリアナに向かって言った「じゃあ、明日の朝、迎えに来るよ。それから明日は一日、君の好きなところに連れて行ってあげよう」
「やったー!じゃあ、どこに行きたいか、今夜のうちに考えとくね」
オリアナは文字通り飛び跳ねながら客間に戻っていった。
「本当にいいの?」ルシリアが近づいてきて言った。「マーサの話では、あなたは明けても暮れても仕事ばっかりしてるってことだったけど」
「最近はそうでもないんだ。会社の方も大分勝手がつかめたし、コンサルタント会社の方も僕がいなくても上手く回ってるらしい。本当に明日と明後日は何の予定もないし、そろそろ一息つきたいと思っていたところだ」
「ああ、会社経営を引き継いだんだったわね。でも、せっかくの休日を、オリアナに潰されるのは嫌じゃない?」
ルシリアは眉を顰めて聞いてきた。法律上は彼女とアーサーは親子だが、実際はアーサーの方が3歳年上だ。ルシリアは自立心旺盛で率直でさばさばした性格なので、アーサーは彼女とはウマが合った。彼にとってルシリアは数少ない女友達のうちの一人とも言える。
「潰されるなんてとんでもない。僕はオリアナが大好きだからね。彼女と一緒に一日を過ごせるのはとても嬉しい」
アーサーは正直な胸の内を語った。実際、オリアナは生まれたときからアーサーの大のお気に入りだった。あまり可愛がり過ぎてルシリアから何度も釘を刺されるほどだった。「早く結婚して、自分の娘を持ちなさい」と。
「あのね、だから早く」
ルシリアの口が皮肉っぽく歪むのを見て、アーサーは先手を打って次のセリフを制した。
「わかってる。目下、鋭意努力しているところだ。さあ、もう皆集まってるんだろう?中に入ろう」
アーサーはルシリアの背中を押して客間へ向かった。ルシリアはアーサーと並んで歩きながら「嘘ばっかり」と呟いた。

 農業資材を扱う会社を経営していたミセス・ファーガソンの夫は7年前に他界しており、会社経営はルシリアの兄、ドナルドが引きついている。ミセス・ファーガソンの誕生を祝うディナーパーティーはミセスの家族、親せき、親しい友人たち総勢15名が招待されて厳かに行われた。
――食事に関してはゆっくり味わって食べられるんだ――
アーサーはファーガソン家の自慢のコックが腕によりをかけて作った料理を堪能しながら、隣の席のドナルドと最近の経済情勢について意見を交わし、ルシリアとドナルドの妻オードリーが最近の住宅事情について愚痴をこぼすのに耳を傾けた。ところが、食事が終わり、オリアナとドナルドの子供たちがルシリアに促されてしぶしぶ子供部屋に入り、場所を移して客間に集まった大人たちにブランデーやウィスキーが振る舞われ始めると、アーサーの隣にミセス・ファーガソンがささっとやってきた。彼女は堂々とした体躯をパープルの華やかなロングドレスで包み込み、淡褐色の瞳は獲物を見つけた虎のようにらんらんと輝いている。この場合の獲物とは自分のことだと、アーサーは瞬時に理解した。
――ほら来た――
毎年のことなので覚悟はしていたが、実際に彼女がアーサーの隣の椅子に座ると百戦錬磨のアーサーでも思わず緊張してしまう。
「アーサー。あの表六はいったいどこにいるの?」
前置きなし、単刀直入でミセスは言った。表六というのは誰のことだかわかっていたが、敢えて彼は分からないふりをした。
「表六……さて?」
「とぼけないで。あなたの父親、ロドニーのことよ」
こういう時の彼女には冗談は通じない。アーサーは心の中でため息を吐いた。
「さあ、僕にもよくわからないんです」
「わからない?あなたは去年、どうやらシティ内に住んでいるようだと言っていたではありませんか。それっきり行方も探してないの?」
食ってかかってくるミセスをなだめるために、アーサーは噛んで含めるように言った。
「行方を探すと言ってもですね、もういい大人だし、それに認知症になるのはまだまだ先の話ですし、本人が僕らから身を隠して暮らしていきたいと思っているのなら、そうさせない理由はないわけで……」
「理由がない?理由がないですって?」ミセスの額に青筋が浮かんだ。「オリアナはどうなるの?ロドニーはオリアナの父親なのよ」
「お母さん」
ルシリアがやってきて口を出した。
「私たちなら、彼なしでも大丈夫よ。経済的にも困ってないし。オリアナも彼はブラジルに行っていると信じているし……」
「オリアナをいったいいつまでだますつもりなの?」ミセスの怒りの矛先は、娘のルシリアに向かった。「それに、彼がいなくても問題がないのなら、なぜ離婚しないの?」
「私は彼を愛しているのよ。だから、彼が自分から私たちの所に帰ってくるのを待っているだけ。離婚なんて絶対にしないから」
「お前ときたら!」ミセス・ファーガソンは派手にため息を吐いた。「27歳も年上の男と反対を押し切って結婚したかと思えば、いい年をして、紐の切れた風船みたいないい加減な夫を待ち続けるなんて、馬鹿にも程があるわ」
「馬鹿でも結構よ。お母さんには私の気持ちはわからないわ」
母娘喧嘩が勃発しそうになったのを見て、ドナルドが2人の間に割って入った。
「まあ、まあ、落ち着いて。そんなに大声を上げたら、子供たちに聞かれてしまうでしょう。ところで、お母さん、来週の土曜日にディックのホッケーチームの試合があるんです。お母さんも見に来ませんか?」
「ホッケーなんか興味はないわ!」
「そりゃそうでしょうが、地区大会の決勝なんです。これに勝ったら州大会に行けるんです。ディックもレギュラーで出るんですよ」
「ふうん。それは名誉なことね」
「しかも、サー・レッドフォードがスポンサーになって、優勝したチームには特別に商品が渡されるんです」
「へえ、どうせ大したものじゃないんでしょ」
「いやいやどうして」
ドナルドが巧みに話題をすり替えている間に、ルシリアはアーサーに手招きしてそっとその場を抜け出した。

 「本当に毎度毎度、母には不愉快な思いをさせられているわね。ごめんなさい」
人気のない、屋敷の裏側にあたる居間のテラスでルシリアは言った。
「いや、そうでもないさ。僕は割と彼女のことを気に入っているんだ」
「無理しなくていいのよ」ルシリアは弱弱しく微笑むと手すりに寄り掛かった。「ねえ、あなたも私のことを馬鹿だって思ってる? まあ、思われていたとしても私は平気なんだけど」
「正直に言えば、そう思っているよ」アーサーは率直に言った。「あんな親父と結婚したってことだけでも信じられないのに、その上、君とオリアナを置いてどこかに逐電してしまった親父をまだ愛してるなんてね」
「私は……」ルシリアは物憂げな顔で独り言のように言った。「彼と私は運命の糸で結ばれていると思っているの。笑わないでよ」
「笑わないよ」
アーサーは言葉通りに真面目な顔をしている。
「私は彼を一生愛し続けるし、彼もきっと私のことを愛してる。彼はきっと私の所に戻ってくるわ。彼……、私と結婚したことを後悔していると言ったの。僕とは早く離婚して、もっと若くて頼りになる夫を見つけなさいって。歳の問題じゃないのに……。私は彼を一目見たとき、私は一生この人と生きていきたいと思ったの。彼もきっとそうだと思うわ。ただ今は、彼はちょっと勇気が出ないだけなのよ」
「うらやましい話だな」
アーサーは防犯用の照明に照らされたほの暗い庭を見つめながら言った。
「そんな風に思える人に出会えたというのは……」
ルシリアは微笑んで彼の方を振り向いた。
「あなたもきっと出会えるわ。そんな人に」
「さあ、どうだか……」
アーサーはため息を吐いた。ルシリアやマグダや、それに友人たちの妻のように、彼が好ましいと思える女性は何人もいる。だが、ルシリアが言うほどの、運命を感じるような女性には今まで会ったことがない。一目見た瞬間、恋に落ち、この人と一生を共にしようと思うなど、そんなのは一時的な気の迷いだとずっと思ってきた。だが、ルシリアはそういうこともあるのだと言う。
――まあ、いいさ。一人でも生きていける――
運命の人に出会えないからといって、適当な女性で妥協するつもりは毛頭ない。マーサやレディ・ファリントンは気を揉むだろうが、彼女たちもそのうち諦めるだろう。そう考えたとき、アーサーは不意におかしくなった。
――何と何と、僕はかなりのロマンチストらしい……。ブラックホークの名折れだな――

 パーティーがお開きになり、アーサーは明日の朝10時にオリアナを迎えに行くとルシリアに伝えてミセス・ファーガソンの屋敷を後にした。そのまま自宅に直行しようと思ったが、途中で気が変わって会社に寄ることにした。

次へ
PR
♥ Admin ♥ Write ♥ Res ♥
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新CM
最新記事
10
(06/24)
(04/21)
(01/24)
7
(11/05)
(09/20)
最新TB
プロフィール
HN:
No Name Ninja
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
最古記事
(12/05)
(12/05)
(12/05)
(01/06)
(02/05)
P R
カウンター
Copyright ©  翡翠館・物置小屋  All Rights Reserved.
*Material by Pearl Box  *Template by tsukika忍者ブログ [PR]