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 11月に入って2回目の月曜日の朝、プライベート専用の携帯が鳴ったので取ってみると、掛けてきたのは学生時代からの友人、ウィリアム・カートライトだった。
「やあ、元気か?」
大学でドイツ文学を教えているウィリアムは仲間内では一番性格が穏やかで、いつも春の陽だまりのようにのほほんとしている。
「ああ、おかげさまで」
「会社の社長になったと風のたよりに聞いたが、どうだい?居心地は?」
「まあまあ、ってところかな」
「それは重畳」
ウィリアムは満足そうにそう言うと、急に口調を改めた。
「ところで、3人で飲まないか? 僕と君とアルの3人で、今夜あたり空いているか?」
アーサーは手帳をめくって、今日の7時以降、何の予定も入っていないのを確かめた。
「ああ、空いているが、またどうして?」
「もう1年ぐらい会ってないし……。それにちょっとアルに確認したいことがあるんだ。僕が彼に面と向かって聞くにはちょっと微妙なことなんで、君に同席してもらってそれとなく尋ねたい……ってわけでね」
「いったいなんなんだ?」
「まだはっきりとしたことは言えないけどね。なあ、アーサー。君はアルが3年前の失恋から立ち直って、今度こそ大丈夫だっていう女性と結婚できたら素晴らしいと思うだろう?」
「ああ。そうなったら心から祝福するよ」
「だろう?だから今度のことはかなり慎重を期さないとね。ということで、アルは君から誘ってくれないか?もし、彼の都合が悪かったら、都合のいい日を聞いておいてくれ。場所はいつものバーでいいだろう」
そう言うと、ウィリアムはアーサーが口を出す前に電話を切ってしまった。なにが「ということで」なのかわからなかったが、言われたとおりにアルフレッド・マンスフィールドの携帯に電話に掛ける。電話は留守電状態になっていたが、アーサーはメッセージを残さず、後で掛けなおすことにした。
 アルフレッド・マンスフィールド……。彼はパブリックスクール時代からのアーサーの友人で、現在セント・ポール病院で外科医として働いている。アーサーとウィリアムを含めた3人の中では一番生真面目で、アーサーは彼のことを「融通の利かないやつ」と言っていつも揶揄していたが、クールな外見からは伺いしれないくらいに情の厚い人間だ。その彼が3年前に恋をした。相手は同じ病院(当時働いていたのは今の病院ではなかったが)で働く看護師のキャサリンと言う女性だった。2人が付き合いはじめた経緯は聞いてはいないが、夏の頃に婚約パーティーが開かれ、その時アーサーはキャサリンに紹介された。彼女は見事なブロンドの髪とブルーの目をした人形のように綺麗な女性だったが、女嫌いを託ってはいるものの、アルフレッドよりは女性に関しては経験が豊富だったアーサーはキャサリンを一目見て不安になった。真面目であまり社交的な活動が好きではないアルフレッドにはそぐわない感じがしたのだ。パーティーの間中、彼女はしおらしく、おとなしく、控えめな態度をずっと保っていたが、アーサーは、彼女の顔に「派手なことが大好きでー、お金が大好きで―、みんなから注目されたいのー」と書いてあるような気がしてならなかった。そして、その心配はやがて現実のものになった。
 「キャサリンのことがわからなくなった」
と、秋も深まる頃、アーサーはアルフレッドから相談を受けた。結婚を半年後に延ばされたことはまあ、いいとして、居留守を使われたり、嘘をつかれたりした挙句、彼女が他の男性と付き合っているという密告書が届いたのだという。暗く落ち込んでいるアルフレッドを見て、吹っ切るためには事実を知ることが必要だ、とアーサーは彼が懇意にしている探偵を紹介した。「彼女を裏切るようで気が進まない」と、最初は躊躇ったアルフレッドも度重なるキャサリンの嘘に耐え切れなくなり、ついに意を決してキャサリンの素行調査を依頼した。結果は密告書の通りだった。彼女は病院近くのアパートとシティの繁華街近くにあるアパートの2か所で生活しており、しかも繁華街のアパートでは自称ミュージシャンという男と同棲していたのだ。
 もちろん、婚約は解消。そしてどういうわけか、アルフレッドに以前から打診があった大学での教授としての採用という話も立ち消えになり、彼は病院を移った。キャサリンの方がまったく悪びれる様子もなく、同じ病院に居続けたからだ。それ以来、アルフレッドは正真正銘の女嫌いになった。それに手を貸したのは何を隠そうアーサーだった。
 「女なんてみんなそんなもんさ」
アーサーはアルフレッドが過剰に自分を責めるのを防ぐために、すべてを女性の所為にするようにけしかけた。
「金が好きで、金のためなら何でもする。強欲で男を裏切るくらい何とも思わない。男を手玉にとって得意満面。そのくせしおらしい顔をして、本性を隠し、男の生気を吸い尽くすんだ。今回のことは高くついたが、まあ、いい授業料だ。ゆめゆめ女に心を許してはいけないってな」
 当時は早くアルフレッドに立ち直ってもらうことが先決だったし、その女性観は日頃アーサーの周囲に出没する女性たちから得られたものだから全面的に間違っているとは言い切れないが、今にして思えばやりすぎた感も否めない。とにかく、新しい病院に移ってから1月もたたないうちにアルフレッドが女嫌いであることは病院内に知れ渡り、そしてそれは今でも続いている。
 
 約束の時間より5分ほど早くウィアムに指定されたバー「アリストファネス」に着いた。近代的なビルとビルとの間に挟まれた小さなバーで、カウンターに椅子が5つと2人用のテーブルが2つしかない。馴染みのバーテンダーがアーサーの顔を見ると「お久しぶり」と笑顔で声を掛けてきた。店の中には他に客は一人もいない。ダブルのウィスキーを注文し、それを飲みながらバーテンダーと世間話をしていると、ドアが開いてアルフレッドが入ってきた。時間は7時ジャスト。相変わらず律儀な奴だ。思わずにやりと頬が緩む。
「来たか」
とアーサーが言うと、アルフレッドは彼の隣のスツールに腰を掛け
「久しぶりだな。叔父上の会社を引き受けたと聞いたが、そっちも忙しいんじゃないのか?」
と言ってきた。アルフレッドに会社のことは何も話していなかったが、大方エドワードからヘンリーに伝わった話をヘンリーから聞いたのだろう。
「まあな。今になって少々後悔している」
それを聞いてアルフレッドは眉を上げた。が、実はそんなセリフを口にしたアーサー自身が一番驚いていた。仕事は順調だ。この先上手くやっていく手ごたえもある。なのに心の底に自分は来てはならないところに来たのではないかという微かな不安というか、恐れのようなものがあるのだ。自分でもその恐れの正体が何なのか掴めていないし、自分ですら認めたくないことを他人に言うつもりもなかったが、親しい友人に久しぶりに会って気が緩んだとしか思えない。アーサーには珍しく狼狽しかかったが、それはウィリアムの登場によって救われた。
「やあ、遅れてすまん」
「僕も今来たところだ。久しぶりだな、ウィリアム」
アルフレッドの隣にウィリアムが座り、暫くの間お互いの近況を報告し合った。
「僕はさ、アルフレッドの家政婦のミセス・ディケンズが作ったきゅうりのサンドイッチのことを今でも時々思い出すんだ」
近況報告がいつの間にか思い出話になり、お互いがまだ学生で、それぞれの家に招かれようが招かれまいが押しかけてお茶とスコーンをご馳走になっていた時代の話になったところでウィリアムがそう言った。
「芸術的なほどの薄さのパンときゅうりだったなあ……。あんなサンドイッチは未だに2度とお目にかかっていないよ。ところで、彼女は元気かい?」
「いや……実は彼女は今セント・ポール病院に入院していて……」
アルフレッドはミセス・ディケンズが事故に会い、彼の勤務するセント・ポール病院に入院することになったいきさつを説明し、
「じゃあ、君は今身の回りのことはどうしてるんだい?」
とウィリアムに問われて、ヘンリーの紹介で、ある下宿屋で生活していることを語った。俯き加減で訥々と話すアルフレッドにはわからなかっただろうが、彼が話をしている間中、ウィリアムは何かを企んでいる様子でにやにや笑っている。アーサーは、なるほど、と今日ウィリアムがアルフレッドを飲みに誘い出した意味を理解し、少し彼に加勢をしてやろうと思った。
「ほお……、お前も気の毒に」
アーサーは興味深そうにアルフレッドの顔を覗き込むと言った。
「狭い、小汚い部屋に押し込められて、大した食事も出さないのに、やれ食事の時間が不規則だの、夜中に帰ってきて音を立てるな、だの文句を毎日言われているんだろう? でっぷり太った中年の女将さんにさ。可哀想に……」
演技過剰かとも思ったが、心から憐れんでいるように少し大げさに首を振って見せる。するとアルフレッドはアーサーを睨んできっぱりと言った。
「部屋は広くて綺麗で落ち着けるし、どんなに遅く帰ってきても文句を言われるどころかちゃんと食事を用意してくれる。食事は美味いし、お茶と一緒に出されるスコーンは絶品だ。それに彼女は……」
「彼女は?」
「か、彼女は……、若くて美人だ。そして優しい……」
その時のアルフレッドの表情を見て、アーサーは彼を抱きしめたくなった。アルフレッドはアーサーよりも3か月早く生まれているが、アーサーはクールなふりをしていても、実際はとても純粋でナイーブな彼のことを弟のように思ってきた。ああどうか、とアーサーは柄にもなく神に祈りたい心境だった。「今度こそ、彼の善良さに見合う素晴らしい女性を彼に与えたまえ……」

 3人の中で一番酒に弱いアルフレッドは、24時間ぶっ通しで働いていたためか、それから間もなく酔いつぶれて眠ってしまった。
「ウィリアム、どういうことだ?アルの想い人について何を知っている?」
カウンターの上に突っ伏しているアルフレッドを挟んでアーサーとウィリアムは小声で話し合った。
「実は、彼女は……、ステラというんだが、僕の名付け親の妻だった人だ。名付け親は2年前に亡くなって……、それで彼女は未亡人のミセス・ギルバートとなったわけだ」
「ほう……」
ウィリアムの名付け親なら、アーサーの父親と同じくらいの年齢だろう。そんな男性とまだ20代の女性との結婚は決して珍しいものではなかったが、27歳年下のルシリアと結婚した父親を持つアーサーは驚く気にはなれなかった。
「名付け親が亡くなる前、僕は彼に彼女のことをよろしく頼むと言われている。いい男性がいたら、自分のことは忘れてその人と早く一緒になるように計らってくれと」
「それがアルなんだな?」
「ああ、実は昨日ステラと会って、彼女の下宿屋にアルが厄介になっていると聞いて仰天してね。で、話を聞いていると、どうも彼女はアルのことを憎からず思っているみたいなんだ。じゃあ、アルの方はどうなんだろうと思って、今日はそれを探るために君に協力してもらったわけだ」
「で?」
「どんぴしゃだ。間違いない」
ウィリアムは両手をこすり合わせながらほくそ笑んだ。
「とても素敵な女性なんだ。落ち着いていて優しくて、彼女の容姿や学歴から考えたら地味すぎるくらい地味で……。本当にアルにはぴったりだ。キャサリンとは真逆の女性だよ。彼女がギデオンと結婚してからずっと彼女を見てきたが、彼女の人柄に関しては僕が保証する。絶対だ」
「お前がそれほどはっきり言うんだから、間違いはないだろう……。ただ問題は……」
アーサーはすうすうと寝息を立てているアルフレッドを見下ろした。
「そう、問題は」と、ウィリアムはアーサーの台詞を引き継いだ。「アルが過去の失恋の痛手からどう立ち直るか、だな」

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