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7
 「エレインはねえ」
と助手席に座らせたオリアナは恍惚とした表情でさっきから同じ話をずっと繰り返している。
「とっても絵が上手なのよ。色鉛筆だけでとても素敵な絵を描くの。それにとっても美人よねえ。私あんな綺麗な人見たことないわ。ねえ、アーサーはエレインより綺麗な人を見たことある?」
「さあ、どうかな」
アーサーはエレインとミセス・フォードをアパートに送り届けてからずっと続いているオリアナのお喋りにいい加減閉口していた。静かに考え事をしたいのに、それがままならない。だが、アーサーは自分が何を考えたがっているのか、その時点ではよくわかっていなかった。
「アーサーはいいなあ。毎日エレインと会えるんでしょう?」
「確かにそうだが……。どうして君が羨ましがるのかわからないよ」
「だってー。毎日エレインの顔を見ることが出来るのよ。そしてエレインとおしゃべりが出来るのよ。最高じゃない?」
「最高……か?」
「最高よ」
オリアナはどうしてこんなに明白なことが、この28歳も歳の離れた兄は分からないのだろう、と物語っているような目でアーサーの横顔を見つめ、それからため息を吐いた。
「ねえ、またエレインに会いたいなあ。会わせてくれる?」
――会いたきゃ勝手に会えばいい。何で僕の許可がいるんだ――
という台詞をぐっと飲み込み、アーサーは可能な限り愛想のいい声で言った。
「ああ、構わない。今度君がうちに泊まりに来れる時に会ってやってくれと、ミス・ラングドンに頼んでおくよ」
アーサーはオリアナが本当に大好きだった。
「本当?嬉しい!」
歓喜のあまり運転中にオリアナから抱きつかれ、ハンドル操作を誤り、車を反対車線に乗り入れさせ、危うく対向車と正面衝突しかかっても、
「オリアナ、僕が運転している時は頼むから僕に飛びつかないでくれるかな?」
と、穏やかに言うことが出来るほど、アーサーはオリアナのことを愛していた。

 ちょうどその頃、ファリントン邸にジョー・アビントンが訪れていた。
「ファンチャルに行ったと聞いたわ」
レディ・ファリントンは優雅な椅子に優雅に腰かけてジョーにお茶とケーキを勧めた。彼女の隣には6か月になったばかりのヘンドリックを抱いたマグダが座っている。
「ファンチャル住まいをやめたわけではないのでしょう?」
不思議そうなレディ・ファリントンの問いに、ジョーは笑顔で手を振った。
「いやいや、住んでみるととても快適な所でね。メリッサは大喜びだ。ちょっとこっちで片づけなければならない用事があったんで帰ってきただけだよ。明後日にはまた戻る」
「そう。よかったわね」レディ・ファリントンは紅茶を一口飲んで、「それにしても」と言った。
「自分で作って育て上げた会社を、よくアーサーに任せる気になったわね」
それを聞いてジョーはくすくす笑った
「他人が僕のことをどう思っているのかよくわからないけどね。僕は本当は会社経営なんて好きじゃなかったんだ。十数年前からいつ手離そうかとずっと思っていた」
「そうなんですか?」
テーブルの上に座りたくて仕方がないヘンドリックを何とか宥めながらマグダが言った。
「とても意外だわ。あなたの会社はとてもうまくいっていると聞いていたから」
「まあ、それは人材に恵まれたからだな。それに、いくら嫌だからと言って、僕には数百人にもなる従業員に責任があるからね。そう簡単に放り投げるわけにもいかなかったんだ。どうしようかなあと考えているうちに、ふと気づくといつの間にかロドニーの息子のアーサーが立派になっているじゃないか。これは一石二鳥だと思って彼に白羽の矢を立てたんだ」
「一石二鳥?」
レディ・ファリントンとマグダの声が重なった。
「そうなんだ」
ジョーの目はいたずらを仕掛けようとしている少年のように輝いている。
「実は、本当に僕が彼に譲りたかったのは、会社ではなくて、僕の秘書なんだよ」
「それって……。どういう……?」
「5年前、学生時代の友人が夫人と一緒に事故で亡くなってね。僕はちょうどその時、アメリカに行っていて知らせを受けるのが遅れたんだ。彼の家を訪れたのは、葬儀が終わって2週間もした頃で、行ってみると屋敷の中はがらんとしていて、使用人が誰もいない屋敷に彼女だけがいて、もうすぐこの屋敷は競売にかけられると言った。それから渋る彼女から何とか聞き出せたところによると、彼の父親には多額の借金があったらしい。屋敷を売ってもまだかなりの借金が残り、更に母方の祖母が自分の屋敷を手離し、援助してもまだ相当な額の借金が残っていると。それで僕は彼女にシティに出てきて僕の秘書にならないかと誘ったんだ。あまり高い給料は出せないが、安定した収入があれば残りの負債はローンで返せる。本当はその残りの負債を僕が払ってもよかったんだが、そんなことを申し出ても、彼女は頑として聞き入れなかっただろう。そんな女性なんだ……」
「まあ、そうなの。それで、その女性はあなたの秘書になったのね」
「そう。とても美しい女性だ。年の頃なら、マグダ、君と同じくらいだな。とても優秀で、仕事はもちろん、細やかな心遣いも自然にできる女性だ。そんな風に容姿も気立ても申し分ない女性なのに、彼女は借金のために結婚をあきらめてしまっている」
「その気持ちよくわかるわ……」
息子のヘンドリックを連れて義母の家に遊びに来ていたマグダは、ジョーが訪れてきた時、ほんの少しだけ挨拶をするだけのつもりでヘンドリックを抱いたまま椅子に座ったが、今ではそれを後悔していた。昼寝から目覚めたばかりのヘンドリックはちっともじっとしていないし、だからと言ってここで退席するには惜しい話題に入ろうとしている。それを見て取ったレディ・ファリントンは暖炉の横の紐を引いて、執事のネイサンを呼び寄せた。
「ちょっとヘンドリックをお願いね」
マグダは義母に感謝しながら息子をネイサンの手に預けた。この頃、ようやくファリントン邸の人々に慣れてきたヘンドリックは、たとえ母親の手から離されても自由の身になりたいという気持ちが強いらしく、大人しくネイサンに抱かれて居間を出て行った。
「何とかしてやりたいと思っていたんだ。ずっと……。彼女の父親は僕の親友で、色々と返さなければならない恩もあったんだ。だからと言って、彼女の借金を肩代わりしてやることが本当に彼女のためになるのかどうか……。くよくよ考えていたら、ふと、アーサーのことを思いついてね。これは、もしかしたらと思ったんだ」
「つまり、彼女の人生のすべてをアーサーに委ねようと……?」
レディ・ファリントンの問いにジョーは首を振った。
「僕はアーサーに何も言ってない。ただ、一緒に働いていれば、そのうち、彼女の素晴らしさを理解してくれるだろうとは思う……。それが恋愛にまで発展するかどうかはわからないけどね」
「その女性の方は?彼女はアーサーを好きになるかしら」
マグダの問いにもジョーは首を振った。
「それもわからないよ。人の好みはそれぞれだからね。言うなれば、僕は一つのビーカーに違う薬品を入れてみただけだ。それで素晴らしい薬ができるか、とんでもない毒薬ができるかはまあ、お楽しみというところかな」
「毒薬になったら可愛そうだわ……」
レディイ・ファリントンが眉を顰めた。
「うん、そうならないように、僕もルーカスという目を使って見張っておくよ。あくまで彼女を幸せにすることが目的であって、彼女を不幸にするわけにはいかないからね」
「ねえ、それなら」と口を開いたマグダの瞳がキラリと光った。「私もお手伝いしたいわ」
「手伝うって?」
マグダをちらりと横目で見たレディ・ファリントンもどことなくわくわくしている様子だ。
「もちろん、その女性とアーサーの仲を取り持つのよ。うーん、そうは言っても、実際にその女性に会ってみないと何とも言えないわね。『あなたに会いに来ました』って言って会社に乗り込んでいくわけにもいかないし」
「だったら、こうしましょう」
レディ・ファリントンがパンと手を打った。
「近々、アーサーに会ってお願いしようと思ってたの。ほら、母子寮の件。彼にロバート卿の説得を頼もうと思っていたんだけど、その席にその女性……ええと、お名前は?」
「エレインだ。エレイン・ラングドン」
「そのエレインも同席させてもらいましょう」
「いい考えだわ」
義母の方を見て、マグダはにやりと笑った。
「私が彼に連絡するわ。口実も私が考える。ええと、いつがいいかしら……」
「おいおい……」
ジョーは戸惑いと期待と恐怖がごちゃ混ぜになったような顔をして言った。
「頼むから余計なことを言って、御破算にしてくれるなよ」
「まかしといて」
マグダは良家の嫁にはちょっとふさわしくないような調子で言い、そしてぐっと親指を突き出した。

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