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5

 次の日の午前中、北部の中核都市、アテリアで進めている住宅地造成についての報告書を読んでいると、秘書室が騒がしくなってきた。はっきりと内容は聞こえないが、ミス・ラングドンが誰かを押しとどめているようだ。アーサーは苛立たしげに報告書を机の上に置くと、立ち上がり、ドアを開けた。
「いったい何事だ」
そう言った瞬間、アーサーはアビゲイルに飛びつかれた。不意打ちだった。飛びつかれたことだけではない、彼女がここにいること自体、アーサーには信じられなかった。
「これは……、アビゲイル。どうしてここに?」
「社長になったって聞いて様子を見に来たのよ。だってあなた、全然家にきてくれないんだもの」
いや、聞きたいのはそこじゃない、とアーサーは心の中で呻いた。ATHOMESは大企業、とまではいかないが、シティの中心部に本社ビルを構えているそれなりの会社だ。社長室に入るためには二重、三重のチェックが入るはずなのに、いったい予告もなしにどうしてここまで辿り付けたのか……。本来なら、1階の受付で面会を申し入れないといけないはずなのだが……。アーサーはとりあえずアビゲイルを社長室の中に入れ、怖い顔をして彼女をにらんでいるミス・ラングドンにコーヒーを頼むと自分も部屋の中に入ってドアを閉めた。
「なかなかいい部屋じゃない」
勧められる前にソファに座ったアビゲイルは部屋の中を見回して言った。
「どうして、ここまで来れたんだ? 本来なら、受付でタグを貰わないと、会社内のドアも開けられないはずなんだ」
アビゲイルは自分の正面のソファに座ったアーサーに向かって身を乗り出して言った。
「それがね、私が受付を通り過ぎようとした時、ちょうどケネス・ブラウンと会って、彼にここまで連れてきてもらったのよ。彼、あなたの会社に勤めてたのね」
「ケネス…ブラウン……。確かにこの会社の営業部長だが、彼はまさか……」
「そう、私のお店のお得意様よ」アビゲイルはにっこりと微笑んだ。「彼と一緒だったからかしら、受付を通さなくても、この階までスムーズに来れたわよ」
アーサーは右手で顎をいじりながら、心の中では両手で頭を抱え込んだ。――この会社はセキュリティー面でシステムと社員の認識のレベルの両方で問題がある。後で施設管理部門と警備部門の責任者を呼んで検討しなければ……。――
「で、今日来たのはただのご機嫌伺いのためじゃあるまい?」
アビゲイルはアーサーが毛嫌いするタイプの女性とは少し違う。だが、彼にとって非常に厄介な女性だ。用事があるのならさっさと終わらせてしまいたいという思いでアーサーは話を促した。
「ええ、そうなの。実はあなたにお願いがあって……。是非、引き受けてほしいの」
アビゲイルは自分の目的を達成するためならどんな女にも変身できるという、ある種の特技をもっている。彼女は今、手を組み、微かにうるんだ目を大きく見開いて、しおらしい、けなげな女性を演じている。
「話を聞かない事には……」
「ううん」アビゲイルはかわいらしく首を横に振った。「そんな難しいことじゃないのよ。あなたなら簡単なこと。ねえ、お願い。引き受けるって言って」
「だから、いったい何をなんだ」
「んー」
アビゲイルはアーサーから視線をそらすと、壁に掛った時計を見た。
「もうすぐお昼ね。ランチでも食べながらお話ししましょう。私、ラテリアに行きたいわ」
「ラテリア?」アーサーは眉を顰めた。「あそこは当日の予約は入れられないぞ」
「でも、あなたならなんとができるでしょう?」
「いや、無理だ」
アーサーが突っぱねると、アビゲイルはむっとした表情になったが、すぐにそれがずるがしこい小悪魔的な表情に変わった。
「私、あなたの義理の妹になるかもしれないのよ? そんなに邪険にしていいの? コーデリアは素直な娘だから、私が一言言えば……」
「わかった、なんとかしよう」
アーサーはアビゲイルに屈する形で彼女のセリフを遮った。ちょうどその時、ミス・ラングドンがコーヒーを持ってやってきた。アーサーはコーヒーを置いて立ち去ろうとする彼女に、幾ばくかの罪悪感を抱きながら言った。
「悪いが、ラテリエに2人分の席を予約してくれ。12時だ」

 アーサーにはミス・ラングドンがどんな魔法を使ったのかわからなかったが、とにかく12時5分過ぎには、彼とアビゲイルはラテリエのテーブルについていた。
「で、頼みごととは?」
一刻も無駄にしたくなかったアーサーは料理と飲み物を注文し終わると、直ぐに切り出した。
「実は私のクラブにねえ」ラテリエに連れてきてもらったことで満足したアビゲイルは話を引き延ばす必要もなくなったのか、すらすらと喋りはじめた。
「とっても歌の上手い娘がいるの。彼女をなんとがメジャーデビューさせたいんだけど、どのレコード会社もほとんど門前払い状態で……」
アビゲイルはシティの繁華街にあるクラブを経営している。以前はただ酒を出すだけの店だったが、最近では多少歌が歌えたり楽器が演奏できる若者を雇ってライブを始めたらしい。アーサーはアビゲイルの“頼みごと”の内容が見えてきて、安堵すると同時に腹も立ってきた。
「そんなことは僕の管轄外だ。ニコラスに頼めばいいだろう?」
「ニコラスぅ?」
アビゲイルは鼻で笑った。
「あんな弱小プロダクションに何ができるっていうの?彼に紹介してもらえるのはせいぜい3流レコード会社よ。もっとメジャーな、FNJとか、バレーカンパー二ーとかじゃないと、レコード出したって売れないじゃない!」
「そんなに歌が上手くて、売れると確信しているのなら、どこかの有名プロダクションに入れればいいだろう?定期的にオーディションはしてるだろうし、飛込みでも曲を持っていけば聞いてもらえる」
「何言ってるの? それって、彼女を手離すってことじゃない。いい? 私はあの娘をダウンタウンのストリートライブで見つけて以来、今までずっと大事に大事に育ててきたのよ。みすみす他の人にとられてたまりますか」
――つまり、その女の子の稼いだ金を、がっぽり自分のものにしたいんだな――
アーサーは心の中でため息を吐いた。アビゲイルは以前、テリーが画廊を開く時に関係した画商の娘で、初めて会った時から一筋縄ではいかない女だという印象を持ったが、しかしてそれは見事に当たっていた。とにかく金に関して貪欲で、色恋沙汰は二の次。というか、利用できると踏んだ男はとことんまで利用し尽くすということを信条としているらしい。
「あなたなら顔も広いし、何とかならない?」
アビゲイルは組んだ手の上に顎を載せて、にっこりと微笑んだ。
アーサーは頭の中を引っ掻き回して、音楽関係に顔の利く友人、あるいは知り合いを探した。アビゲイル以外の人間にこんな頼みごとをされたら、「断る」の一言で済ますはずのアーサーが、何とか彼女の要求にこたえようとするのには訳があった。アーサーの弟の一人、テリーがアビゲイルの妹のコーデリアにぞっこん参っているのだ。学生時代から遊びまわっていたテリーは女性の扱いには慣れているはずだが、本当に好きになった女性となると話は違うらしく、知り合ってから1年以上たっても、まだその思いを告白していないらしい。実際、コーデリアは姉のアビゲイルとは似ても似つかぬほど純真で優しい女性で、しかも父親のお気に入りの箱入り娘とあって、今まで男性と付き合ったことがないらしい。そんな二人は傍からみているぶんには微笑ましい限りだが、不幸なのはそこにアビゲイルが絡んでくることだった。テリーのコーデリアに対する気持ち、そしてアーサーが兄弟思いであるということを知っているアビゲイルは、ことあるごとにそれを脅しの種として使う。「コーデリアがテリーを受け入れるかどうかは私次第なのよ」と、言って憚らない。
「学生時代の友人に、テレビ局のディレクターをしているやつがいる。彼に連絡を取って、いいレコード会社を紹介してくれるように頼んでみる」
アーサーが言うとアビゲイルと満面の笑みを浮かべた。
「まあ、やっぱりあなたは頼りになるわ」
「ただし、条件がある。今後一切、会社に来るな。もし来たら、この話ご破算にさせるぞ」
アビゲイルは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに薄ら笑いを浮かべて頷いた。
「わかったわ。約束する。でもねえ、アーサー。四六時中あんな地味で冴えない秘書と一緒にいるのは気が滅入るんじゃない? たまには私みたいな華やかな女性が来た方が気分も変わっていいと思うけど」
彼女の言葉にアーサーは内心ムカっときたが、それを表に出さずに冷静に言った。
「仕事ができれば姿かたちは問題ない。今のままで十分だ。だから絶対にもう来るなよ」

 買い物がしたいというアビゲイルをシティで一番大きなデパートの前で降ろしてアーサーは会社に戻った。
 社長室のドアを開けると、真剣な顔をしてパソコンの画面を見つめているミス・ラングドンの姿が目に飛び込んできた。仕事に没頭している彼女は、アーサーが静かにドアを開けたこともあって、彼が戻ってきたことに全く気が付いていない。アーサーは暫くその場にとどまってミス・ラングドンを見つめた。相変わらず化粧気がないが、肌は白くきめ細やかで、大きなグレイの瞳と形のいい鼻のバランスは完璧だ。きれいに弧を描く眉は物憂げに中心に少し寄っている。アーサーはつくづくと彼女は美しい、と思った。そして奇妙なことに、彼女のその姿はとても孤独に見えた。
「おかえりなさい」
アーサーがミス・ラングドンの机の前に立つと、彼女は顔を上げてアーサーの顔を見つめた。彼女の澄みきったグレイの瞳はアーサーの罪悪感を呼び覚ました。
「さっきは無理をさせてすまなかった」
気が付くと、アーサーはそう口走って、ミス・ラングドンに謝っていた。

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