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 ATHOMESの会社を引き受けることを決心した時、アーサーはM&Aを行なうためのコンサルタント会社を設立した。それまで、アーサーは1人でこの仕事をやってきたとはいえ、誰の手も借りなかったわけではない。企業を買収するのに必要な専門家は個人的な伝で探し出し、仕事を依頼してきたが、今回、彼がATHOMESの社長に就任するに当たって、それらの優秀な人材を引き抜いて会社を作り、M&Aに関する業務はその会社に任せることにしたのだ。もっとも100%アーサーが出資して作った会社なので、基本的に最終的な判断はアーサーが下すことにしているが、それ以外はスタッフに自由裁量で動いてもらうことにした。
 彼がATHOMESの社長に就任した時には、そのコンサルタント会社も活動を開始していたが、どうしても情報管理のプロが不足しているということになり、アーサーは社長に就任して2週間後、ある程度仕事が軌道に乗ったのを見計らって、以前から交流のあったフーゴ・ラッツェルを引き抜くべく、ドイツに向かった。
 中国の故事でいうところの三顧の礼ではなかったが、固辞するフーゴを何とか説得して引き抜くことに成功し、アーサーは予定を早めて帰国の途に着いた。国際空港に着いたのが午後4時。事前にモーリスに連絡しておいたので、彼が空港ビルから外に出るとそこには彼の車が止まっており、その横にスーツ姿のモーリスが立って待っていた。
「お帰りなさい」
モーリスは人懐こい笑顔をアーサーに向けた。彼はアーサーからスーツケースを受け取りながら言った。
「ご自分で運転されますか?それとも私がしましょうか?」
「君が運転してくれ」
とアーサーが言うと、モーリスはさっと助手席側に周り、ドアを開けてアーサーを助手席に乗せ、ドアを閉めると自分は運転席側に回り乗り込んだ。
「帰宅ラッシュの時間帯にかかってしまいましたが、どうしましょう。会社に行かれますか?それとも自宅に帰られますか?」
モーリスに尋ねられてアーサーは時計を見た。
「会社に行ってくれ。終業時間には間に合うだろう。確認したい事案もあるし。すまないが、会社に車を置いたら、君はタクシーで帰ってくれないか?」
「畏まりました」
モーリスは厳かに頷いた。彼はマーサの甥で、ちょうどアーサーが廃屋同然になっていた母の実家を買い取った頃高校を卒業し、就職先の当てもないと言う話を聞いて、庭師兼運転手として雇った青年だ。昨今の若者にしては珍しいくらい素直で純朴で、彼はアーサーのことをこの地球上で一番尊敬していた。
「叔母がぼやいてましたよ」
車を運転しながらモーリスは言った。
「会社に入ったんだからもっと仕事の量は減るはずなのに、何でこんなに毎日帰りが遅いんだって」
アーサーは何も言わず、ただクスクスと笑った。アーサーの仕事についてはマーサはほとんどと言っていいほど何も知らない。彼女は彼は社長になったんだから、以前の仕事とは縁を切ったものだと思っているらしい。一度、自分がどんな仕事しているのか、マーサに逐一説明してやろうか、と一瞬思ったが、思っただけで疲れたので溜息をついて彼は言った。
「今日は出来るだけ早く帰るといっておいてくれ」
「畏まりました」
モーリスはまた頷いた。

 会社に着いたのはほとんど終業時間間際だったが、まだ終業時間にはなっていない。ミス・ラングドンはいるはずだ、と思いながら、アーサーは社長室へ急いだ。社長室へと向かう廊下を歩いていると、微かに笑い声が聞こえてきた。女性の声だ。どの部屋からだろうと思って社長室の前に立つと、目の前のドアの向こうから聞こえてくるのがわかった。
――誰が笑ってるんだ?――
アーサーはそっとドアを開け、5センチくらいの隙間から中を覗いた。すると、秘書の机の前にジョーの甥、ルーカス・メイソンが座っていて、その前に声をあげて笑っている女性がいた。笑っているので一瞬それが誰だかわからなかったが、それが秘書のミス・ラングドンだと気がつくと、自分の目を疑った。
――ミス・ラングドンが笑ってる……?――
笑っている彼女の顔はとても美しかった。無表情な時でも美しいが、彼女が笑うと、周りの空気までが輝いて見える。その笑顔は今、ルーカスに向けられていて、2人の間には確かに親密さがあった。アーサーの心の中に、その楽しげな雰囲気をぶち壊したい衝動が沸き起こった。
「鬼の居ぬ間に命の洗濯かい?終業時間まで、まだあと5分あるが……?」
彼の声は、彼自身でもわかるくらいに意地悪だった。

 アーサーが家に着いたのは午後6時だった。普段よりかなり早い時間に帰宅した彼を、マーサは満足げに迎えた。
「お夕食は7時半でよろしいですか?」
「ああ」
「その前にお茶をお持ちしましょうか?」
「いや、コーヒーがいいな。書斎に持ってきてくれ。夕食までに少し仕事をする」
「かしこまりました。あ、お留守の間に来た手紙は、書斎の机の上に置いておきましたよ」
「わかった」
マーサがキッチンのドアへ消えると、アーサーはいったん2階の寝室に向かい、そこでスーツを脱いでラフな服に着替えると、手と顔を洗って書斎に下りて行った。机の前の大きな椅子に体を沈めて、コンサルタント会社のことを考えようと思ったが、その前に何故だか秘書のエレイン・ラングドンのことが頭に浮かんだ。ピーターの話によると、彼だけではなく、ほとんどの会社の人間が彼女を「石の女」だと思っているらしかった。ところが、今日垣間見た彼女の笑顔はとても「石の女」の笑顔とは思えない。あれは表面的な作り笑いなどではなくて心からのものだった。
――ということは、つまり……――
社内の中でも、ルーカスだけは特別ということだ。
――なるほどね――
ミス・ラングドンとルーカスは多分将来を約束しあった仲か、それに近い関係にあるのだろう。決まった相手がいるのなら、あれだけの美人だ。ほかの男に言い寄られないために、無愛想な態度をとるのは賢明というものだ。
 納得したところでアーサーはミス・ラングドンのことを頭から振り払い、机の上に置かれた手紙の束を手にした。見たところ、どれも急を要するものではないらしい、が、彼は最後の一通に目を留めた。真っ白い上質の封筒には手書きで彼の名前が記されている。差出人を見るとレイラ・ファーガソンの名前があった。
――そうか、もうそんな時期か――
封を開けてみると、案の定、それは彼女の誕生パーティーへの招待状だった。レイラ・ファーガソンは、アーサーの父親の4人目の妻、ルシリアの母親だ。ルシリアはアーサーより3歳年下だが、彼の義理の母親には違いなく、ということは、彼女の母親であるミセス・ファーガソンはアーサーにとって義理の祖母ということになるのだろうか。アーサーも彼女も、お互いを祖母と孫の関係だと思ったことは一度もないが、アーサーの父親、ロドニーがルシリアと別居状態になり、ほとんど音信不通になった5年前から、ミセス・ファーガソンはロドニーの名代として自分の誕生パーティーにアーサーを招待するようになった。そして、毎年彼はその招待を受けている。ミセス・ファーガソンはどちらかと言えば勝気で我が強く、一筋縄ではいかない性格の女性だが、アーサーは彼女のことが嫌いではなかった。むしろ、彼女が男性以上に合理的な思考を持ち合わせていることに好感を持ってる。 彼女の誕生日は10月15日、今年は金曜日にあたってた。確かその日の夜は会社の親睦会の一環としてダンスパーティーがあると回覧が回ってきたが、アーサーはミセス・ファーガソンの誕生パーティーを優先させることにし、出席の返事を書くために便箋を取り出した。

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