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    <title>翡翠館・物置小屋</title>
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    <description>Dummy</description>
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    <title>10</title>
    <description>　コンラート・ギボンズの婚約者はなるほど美人だった。細長い顔立ち、シミひとつない肌、まっすぐ通った細い鼻筋。それぞれのパーツのバランスもいい。だが、冷淡そうな女性だ、とアーサーは彼女を一目見てそう思った。唇は薄く、眉はきりりと吊り上り、人に笑顔を向けている時でも不思議なくらい、目だけは笑っていない。...</description>
    <content:encoded><![CDATA[　コンラート・ギボンズの婚約者はなるほど美人だった。細長い顔立ち、シミひとつない肌、まっすぐ通った細い鼻筋。それぞれのパーツのバランスもいい。だが、冷淡そうな女性だ、とアーサーは彼女を一目見てそう思った。唇は薄く、眉はきりりと吊り上り、人に笑顔を向けている時でも不思議なくらい、目だけは笑っていない。<br />
――ミス・ラングドンとは全然ちがう――<br />
ミス・ラングドンも仕事の時はいつも取り澄ましているが、よくよく見ていると、彼女の目は雄弁に感情を物語っている。怒り、苛立ち、戸惑い、困惑、驚きなどなど。最近では目を見るだけで、繊細な彼女の心の機微がわかるようになってきた。自分に向けられる感情のバリエーションがあまり楽しくないものばかりに集中するのは致し方なし、とアーサーは納得していた。自分の彼女に対する態度も褒められたものではないのだろう。<br />
「初めまして。ナタリア・クルーズです」<br />
コンラートの婚約者がやって来てアーサーに手を差し出した。<br />
「初めまして。このたびはご婚約、おめでとうございます」<br />
お祝いの言葉を口にしながらアーサーは彼女の手を取った。冷たい手だった。女性の手が冷たいのは別に珍しいことではなかったが、アーサーは奇妙な違和感を感じた。何となく人の手を握っている感じがしなかったのだ。握手が終わると、ナタリアはにこやかに話し始めた。<br />
「コンラートからあなたのお話はよくお伺いしています。あなたの弟さんが画廊を経営されている。テリー・キャラハンだと聞いて驚きましたわ。私、彼の店で2枚ほど絵を買ったんです」<br />
「そうですか。弟の店の売り上げに貢献していただいて、僕からも礼を言います」<br />
「まあ、お礼だなんて。あの店はあまり有名な画家の作品はありませんけど、でも、とてもいい絵を置いてあるとので感心していたんです」<br />
なるほど、とアーサーは思った。コンラートが言ったように美しいだけではなく社交術も申し分ない。良い絵を見極めることが出来るだけの教養もあるということか。だが、彼はナタリアの隣に立つコンラートを見てほんの少しだけ眉を顰めた。彼の彼女を見る視線ががとても婚約者を見るようなものではないのだ。彼が顧客を見ている時の方がまだ感情が窺える。彼はナタリアを見ているようで実はまったく見ていなかった。<br />
　<br />
　パーティーはコンラートの家ではなく、彼の父親の実家で行われた。シティーから高速を飛ばして２時間。気軽に行き来が出来る距離ではないが、そこでパーティーを開くことにこだわったのはコンラート自身だという。なるほど、屋敷は１７世紀に建築された大邸宅で大人数を招待してパーティーを開くのに十分な広間があるし、調度品も由緒ある高級なものばかりだ。料金を取って、一般に公開してもいいくらいの博物的価値がある。だが、彼がここでの開催にこだわったのは、見栄えを重視したからではない。この屋敷に住んでいる目の見えない祖母に、わざわざシティーに来させるという負担を掛けたくなかったからだ、とコンラートは言った。どういった事情があるのかアーサーにはわからなかったが、コンラートは祖母のことを非常に大切にしている。<br />
　立食形式のパーティーは大広間で午前11時から始まった。招待されたのはコンラートとナタリアの近しい親せき、友人、それからコンラートにとって重要な顧客（アーサーはこのカテゴリーに入る）、およそ５０人だ。アーサーはコンラートの両親やほかの招待客と当たり障りのない世間話をしながら時間を過ごしていたが、それもそろそろ苦痛になりかけていた頃、誰かに背後から背中をポンと叩かれた。<br />
「やあ、待っていたよ」<br />
振り返ったアーサーは目の前に立っている小柄な青年を見ると笑顔になった。彼はベネディクト・オーマン。コンラートの従兄で探偵だ。歳は若いが、探偵としての腕前は一流で、アーサーは数年前にコンラートから紹介されて以来、仕事にかかわる様々な調査を彼に依頼している。<br />
「遅くなってすみません」<br />
ベネディクトは申し訳なさそうに頭を垂れてからアーサーの耳元で囁いた。<br />
「調査結果は何時お渡ししましょうか？」<br />
「今もらおう。ただ、ここではまずいな。新鮮な空気を吸いたくなってきたから、ちょっと外に出ようか」<br />
「わかりました」<br />
　アーサーはベネディクトから報告書を受け取ったら帰るつもりだったので、先にコンラートのもとに寄って暇乞いをすると、ベネディクトの後を追ってテラスから外へ出た。１１月にしては寒い日だったが、人いきれでむんむんする部屋から出てきたアーサーにとっては空気の冷たさが清々しく感じられた。<br />
「これが、ミス・エレイン・ラングドンに関する調査報告書です」<br />
屋敷の裏手にある庭園の片隅にイチイの茂みがあり、その下のベンチに二人並んで腰を下ろすと、ベネディクトはブリーフケースから茶封筒を取り出してアーサーに差し出した。<br />
「ありがとう。ご苦労だった」<br />
アーサーはベネディクトを労ってから糊付けされていない封筒から数枚の紙がクリップでまとめられた報告書を取り出した。<br />
「ざっと説明させていただきますが」と前置きしてベネディクトは話し始めた。「ミス・ラングドンの実家はターブロンの名家でして、代々ターブロン一帯の大地主の家系でしたが、世界大戦以降、その資産は徐々に目減りしていったようです。しかしまだかなりの資産が残されていたのですが、彼女の父親、ミスター・オットー・ラングドンがその資産を使って観光開発関係の会社を買い取り、経営に乗り出したことが致命的でした」<br />
耳でベネディクトの話を聞きながら、アーサーは報告書を捲り、目では細かな数字を追っている。<br />
「彼が経営に手を出し始めてわずか５年で会社は破産寸前になり、その時に潔く倒産させていれば彼の資産を全部投げ出すことで負債を精算できたはずなんです。しかし、彼は何とか倒産を免れようと&hellip;&hellip;まあ、悪足掻きをし、結果的にそれはただ借金を増やしただけだったようです。なんというか、彼にはその&hellip;&hellip;経営の才覚がまるでないというか&hellip;&hellip;」<br />
「そのようだな」<br />
アーサーは報告書から目を離すことなく呟いた。<br />
「彼が夫人と一緒に事故で亡くなったのが５年前。彼の抱えた負債を精算するのに、彼に残された屋敷を処分し、ミス・ラングドンに渡されるはずだった生命保険まで返済に充ててもまだ多額の負債が残りました。そこで彼女の祖母、これは夫人の実家の方になりますが、ミセス・フォードが自分の屋敷や土地を売って援助したわけです。それでようやくミス・ラングドンが個人で銀行から借り入れることができる額にまで借金は減りました。それでも、若い女性にとっては大変な額です。何しろ15年ローンですから」<br />
「ミスター・アビントンはそのあたりの経緯はみんな知っていたのか？」<br />
「ええ、もちろん。彼女の借り入れに関しては彼が保証人になってますから」<br />
「なるほど&hellip;&hellip;」<br />
　報告書に目を通し終えると、アーサーはそれを封筒に仕舞い、ベンチから立ち上がった。<br />
「有難う。いつも助かるよ。謝礼はいつもの口座に振り込んでおく」<br />
「どういたしまして」<br />
ベネディクトもベンチから腰を浮かす。そして彼よりずいぶん背の高いアーサーの顔をまじまじと見つめた。今回のアーサーからの調査以来は、今までの調査と少しばかり毛色が違っていたので、彼としては興味津々なのだ。だが、クライアントに対して立ち入ったことを聞くのはマナー違反。そう心得てベネディクトは何も言わなかった。<br />
<br />
　アーサーはギボンズ邸を後にして帰路に就いた。時計をちらりと見て、この調子だと3時には家に着けると判断した彼は閑散とした田舎道でさらにアクセルを踏む足に力を入れた。今日はオリアナがミス・ラングドンとミセス・フォードを自宅に招くことになっている。オリアナの相手ばかりでは間が持たないだろうと思い、彼はマグダとミセス・ファリントンに来てくれるように頼んでおいた。今頃は皆で昼食を食べた後、暖炉の前で寛いでいることだろう。アーサーは自分の家の居間でおしゃべりをしながらゆったりと椅子に座っているミス・ラングドンを思い描いた。<br />
「&hellip;&hellip;」<br />
アーサーは胸の内が暖かくなるのを感じた。<br />
――あの家はきっと彼女に似合っている――<br />
アーサーはさらにアクセルを強く踏み込んだ。オリアナ達が引き留めてくれるはず、とは思うが、どうしても彼女が帰ってしまう前に帰り着きたかったのだ。]]></content:encoded>
    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
    <dc:date>2013-06-24T13:28:59+09:00</dc:date>
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    <title>９</title>
    <description>　11月半ばの水曜日、アーサーは仕事上の用件で社長室を訪れた彼の個人的な顧問弁護士、コンラート・ギボンズと昼食に出かけた。会社近くの「ラピス」というレストランは周囲のレストランよりも少々値段が高めに設定されているので、昼食時間真っ只中でもあまり混まない。広い店内にはスペースを十分取ってテーブルが配置...</description>
    <content:encoded><![CDATA[　11月半ばの水曜日、アーサーは仕事上の用件で社長室を訪れた彼の個人的な顧問弁護士、コンラート・ギボンズと昼食に出かけた。会社近くの「ラピス」というレストランは周囲のレストランよりも少々値段が高めに設定されているので、昼食時間真っ只中でもあまり混まない。広い店内にはスペースを十分取ってテーブルが配置されていて、かつ奥まった静かな通りにあるので、ゆっくり商談をしながらランチを食べるには最適の店だ。もっとも、アーサーとコンラートの2人は会社で用件を済ませてきたので、食事をしながらの彼らの話題はいつもとは違ったものだった。テーブルに付いて料理を注文しおえるとコンラートが徐に口を開いた。<br />
　「実は、婚約したんだ」<br />
彼は微笑むでもなく、照れるでもなく、まるで企業を買収するときの手続きを説明するかのように淡々と話し始めた。<br />
「ついては来週の土曜日の昼、ちょっとしたお披露目のパーティーをするので、是非来てもらいたい」<br />
「ほう」<br />
アーサーもほとんど表情を変えずにいたが、内心では驚いていた。コンラート・ギボンズはアーサーより３歳年下で、現在３４歳。実家は格式ある古い家系で資産家。しかも代々弁護士を生業としていて彼の父親も祖父も曾祖父も弁護士だったという。若いがかなり優秀で仕事は完璧。彼を顧問弁護士にしてから７年になるが、アーサーは今まで彼の仕事ぶりに失望したことはただの一度もない。しかし、コンラートは仕事を離れて一個人として向き合うとなると、いささか不可思議な人物だった。とにかくクールで、いかなる時も感情というものを露わにしたことがない。ましてや女性に気がある素振りなど見せたことがないので、女嫌いどころか、もしかしたら人間嫌いなのかもしれないと、アーサーが疑ったのは一度や二度ではなかった。その彼が婚約すると言う。<br />
「それはおめでとう」と、とりあえず祝いの言葉を述べた後で、アーサーは率直に言った。<br />
「しかし、君が結婚するとは意外だな。女に興味がないと思っていた」<br />
「そうだな」コンラートは僅かに肩をすくめた。「実際、あまり興味はないな」<br />
「しかし、結婚するんだろう？」<br />
「ああ、そろそろ結婚しないと問題のある年齢だ」<br />
アーサーが眉を吊り上げるのを見て、コンラートは続けた。<br />
「君みたいに相手をするのが企業人だけならいいが、僕のように一般人の顧客が相手となると、どうもこの歳で結婚していないのは仕事上マイナスになるらしい。人間的な信用度の問題ということになるかな。『まあ、あの弁護士さん、ご立派な職業なのに、あのお歳でまだ結婚されていないなんて、何か問題あるのかしら』ってね。世間では、この『問題』というやつを色々と、とんでもない方向で考えるからな&hellip;&hellip;」<br />
「なるほど」<br />
コンラートの言わんとするところは完璧に理解できたのでアーサーは頷いた。<br />
「母も結婚しろと数年前から煩く言っていたし、母の友人の知り合いの娘という女性を２か月ほど前に紹介されて、まあ、彼女ならいいだろう、と結婚することにした」<br />
「ほう&hellip;&hellip;。いろいろ条件が釣り合ったというわけだ」<br />
「ああ、家柄、容姿、学歴、社交性。どれをとっても申し分ない」<br />
「しかし&hellip;&hellip;、少なくとも、彼女に好感は持ったんだろう？　結婚するということはこれから何年にもわたって一緒に暮らすということだし&hellip;&hellip;」<br />
「好感？」コンラートは少しぽかんとした表情で言った。「そうだな、まあ、彼女の条件は気に入ったな。それに結婚してもお互いあまり干渉しないで暮らしたいと言うところも」<br />
これにはさすがのアーサーも黙り込んだ。変な奴だと思っていたが、彼の女性観、というより、人間観は彼の理解を越えていた。複雑そうなアーサーの表情をちらりと見て、コンラートは話を続けた。<br />
「だが、子供は欲しいな」<br />
意外なセリフに、アーサーは微か眉をあげて彼の顔を見た。<br />
「僕の家、僕の財産、そして僕の遺伝子を受け継ぐ子供は是非欲しい。男でも女でも、生まれたら僕が教育してやる。僕の知識も受け継いでほしいんだ。君もそう思わないか？　君が持てるものをそのまま墓に入れてしまうのはもったいないだろう」<br />
「ああ、そうだな」<br />
アーサーは頷いた。そして想像してみた。自分の子供を。髪はやはり黒だろう。あまりウェーブはかかっていないはずだ。瞳は&hellip;&hellip;相手の女性によるな。アーサーの頭の中に、黒髪の小さな生まれたばかりの赤ん坊が浮かんだ。小さすぎて性別は分からない。そして、その赤ん坊を抱いている女性もいる。<br />
――ゲ&hellip;&hellip;――&nbsp;&nbsp; &nbsp;&nbsp;&nbsp; &nbsp;<br />
　頭に浮かんだその女性の顔は、ミス・ラングドンだった。慌ててその像を頭の中から振り払う。<br />
「どうした？」<br />
「い、いや、なんでもない」<br />
アーサーは水を飲んで誤魔化した。心臓がドキドキ鼓動しているのに気が付いて少し青ざめる。自分が狼狽していることに更に狼狽した。<br />
――たぶん、きっと疲れているせいだ、きっとそうだ――<br />
<br />
　アーサーはコンラートと別れて、会社に戻った。早めに食事に出たから、昼食時間はまだあと２０分ほど残っている。自分のオフィスに入るために、秘書室に入ると、ミス・ラングドンが机の上に突っ伏していた。何か病気か？と一瞬心臓がひやりとしたが、どうやら寝ているらしい。アーサーは肩をすくめて彼女の机の前を通り過ぎようとしたが、ふと、その足を止めた。<br />
「だめ&hellip;&hellip;、駄目よ&hellip;&hellip;」<br />
机に伏したまま、ミス・ラングドンが何か言っている。<br />
「そっちに行かないで、戻って、お父様&hellip;&hellip;、お父様&hellip;&hellip;」<br />
アーサーはミス・ラングドンを見下ろし、じっと凝視した。彼女の横向きになった顔が苦しげに歪んでいる。<br />
「お父様！お母様！」<br />
悲痛な彼女の声に耐え切れなくなり、アーサーは彼女の肩をゆすった。<br />
「おい、おいミス・ラングドン！　おい」<br />
いきなりミス・ラングドンが目を開き、がばっと跳ね起きた。大きな灰色の瞳がひときわ大きく見開かれている。それは恐怖の表情以外の何物でもなかった。<br />
「どうしたんだ」<br />
アーサーは彼女に問いかけたが、彼女はまるで１００ｍを全力疾走したかのように肩で息をしていて、喋ることができない。彼は彼女の息が整うのを待ってもう一度尋ねた。<br />
「大丈夫か？」<br />
「大丈夫です」<br />
「どうした？」<br />
「夢を見ていたんです。ちょっと&hellip;&hellip;怖い夢だったので&hellip;&hellip;」<br />
彼女のガラスのような瞳に見つめられているうち、アーサーは妙な気分になって拳を固く握りしめた。<br />
「化粧室へ行ってきます」<br />
彼女はそう言って立ち上がり、アーサーの横をすり抜けて秘書室を出て行った。アーサーの体から力が抜けていく。彼は社長室に入りながら、もし、彼女と自分の間に机がなかったら、とっさに彼女を抱きしめていたかもしれないと考えた。それほどまでに彼女の姿は痛ましかったのだ。彼は自分の椅子に座ると、しばらく考え込み、それから携帯を取り出して電話を掛けた。<br />
「やあ、ベネディクト、今仕事はあいているかい？　頼みたいことがあるんだ」<br />
彼は電話の相手に向かって用件を伝え、電話を切ってから組んだ手の上に頭を乗せた。<br />
<br />
<br />
<a href="http://jhsouko.blog.shinobi.jp/%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E6%A8%AB%E3%81%AE%E6%9C%A8%E3%81%AE%E4%B8%8B%E3%81%A7/10">次へ</a>]]></content:encoded>
    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
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    <title>８</title>
    <description>　11月に入って2回目の月曜日の朝、プライベート専用の携帯が鳴ったので取ってみると、掛けてきたのは学生時代からの友人、ウィリアム・カートライトだった。
「やあ、元気か？」
大学でドイツ文学を教えているウィリアムは仲間内では一番性格が穏やかで、いつも春の陽だまりのようにのほほんとしている。
「あ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[　11月に入って2回目の月曜日の朝、プライベート専用の携帯が鳴ったので取ってみると、掛けてきたのは学生時代からの友人、ウィリアム・カートライトだった。<br />
「やあ、元気か？」<br />
大学でドイツ文学を教えているウィリアムは仲間内では一番性格が穏やかで、いつも春の陽だまりのようにのほほんとしている。<br />
「ああ、おかげさまで」<br />
「会社の社長になったと風のたよりに聞いたが、どうだい？居心地は？」<br />
「まあまあ、ってところかな」<br />
「それは重畳」<br />
ウィリアムは満足そうにそう言うと、急に口調を改めた。<br />
「ところで、3人で飲まないか？　僕と君とアルの3人で、今夜あたり空いているか？」<br />
アーサーは手帳をめくって、今日の7時以降、何の予定も入っていないのを確かめた。<br />
「ああ、空いているが、またどうして？」<br />
「もう１年ぐらい会ってないし&hellip;&hellip;。それにちょっとアルに確認したいことがあるんだ。僕が彼に面と向かって聞くにはちょっと微妙なことなんで、君に同席してもらってそれとなく尋ねたい&hellip;&hellip;ってわけでね」<br />
「いったいなんなんだ？」<br />
「まだはっきりとしたことは言えないけどね。なあ、アーサー。君はアルが3年前の失恋から立ち直って、今度こそ大丈夫だっていう女性と結婚できたら素晴らしいと思うだろう？」<br />
「ああ。そうなったら心から祝福するよ」<br />
「だろう？だから今度のことはかなり慎重を期さないとね。ということで、アルは君から誘ってくれないか？もし、彼の都合が悪かったら、都合のいい日を聞いておいてくれ。場所はいつものバーでいいだろう」<br />
そう言うと、ウィリアムはアーサーが口を出す前に電話を切ってしまった。なにが「ということで」なのかわからなかったが、言われたとおりにアルフレッド・マンスフィールドの携帯に電話に掛ける。電話は留守電状態になっていたが、アーサーはメッセージを残さず、後で掛けなおすことにした。<br />
　アルフレッド・マンスフィールド&hellip;&hellip;。彼はパブリックスクール時代からのアーサーの友人で、現在セント・ポール病院で外科医として働いている。アーサーとウィリアムを含めた3人の中では一番生真面目で、アーサーは彼のことを「融通の利かないやつ」と言っていつも揶揄していたが、クールな外見からは伺いしれないくらいに情の厚い人間だ。その彼が3年前に恋をした。相手は同じ病院（当時働いていたのは今の病院ではなかったが）で働く看護師のキャサリンと言う女性だった。2人が付き合いはじめた経緯は聞いてはいないが、夏の頃に婚約パーティーが開かれ、その時アーサーはキャサリンに紹介された。彼女は見事なブロンドの髪とブルーの目をした人形のように綺麗な女性だったが、女嫌いを託ってはいるものの、アルフレッドよりは女性に関しては経験が豊富だったアーサーはキャサリンを一目見て不安になった。真面目であまり社交的な活動が好きではないアルフレッドにはそぐわない感じがしたのだ。パーティーの間中、彼女はしおらしく、おとなしく、控えめな態度をずっと保っていたが、アーサーは、彼女の顔に「派手なことが大好きでー、お金が大好きで―、みんなから注目されたいのー」と書いてあるような気がしてならなかった。そして、その心配はやがて現実のものになった。<br />
　「キャサリンのことがわからなくなった」<br />
と、秋も深まる頃、アーサーはアルフレッドから相談を受けた。結婚を半年後に延ばされたことはまあ、いいとして、居留守を使われたり、嘘をつかれたりした挙句、彼女が他の男性と付き合っているという密告書が届いたのだという。暗く落ち込んでいるアルフレッドを見て、吹っ切るためには事実を知ることが必要だ、とアーサーは彼が懇意にしている探偵を紹介した。「彼女を裏切るようで気が進まない」と、最初は躊躇ったアルフレッドも度重なるキャサリンの嘘に耐え切れなくなり、ついに意を決してキャサリンの素行調査を依頼した。結果は密告書の通りだった。彼女は病院近くのアパートとシティの繁華街近くにあるアパートの２か所で生活しており、しかも繁華街のアパートでは自称ミュージシャンという男と同棲していたのだ。<br />
　もちろん、婚約は解消。そしてどういうわけか、アルフレッドに以前から打診があった大学での教授としての採用という話も立ち消えになり、彼は病院を移った。キャサリンの方がまったく悪びれる様子もなく、同じ病院に居続けたからだ。それ以来、アルフレッドは正真正銘の女嫌いになった。それに手を貸したのは何を隠そうアーサーだった。<br />
　「女なんてみんなそんなもんさ」<br />
アーサーはアルフレッドが過剰に自分を責めるのを防ぐために、すべてを女性の所為にするようにけしかけた。<br />
「金が好きで、金のためなら何でもする。強欲で男を裏切るくらい何とも思わない。男を手玉にとって得意満面。そのくせしおらしい顔をして、本性を隠し、男の生気を吸い尽くすんだ。今回のことは高くついたが、まあ、いい授業料だ。ゆめゆめ女に心を許してはいけないってな」<br />
　当時は早くアルフレッドに立ち直ってもらうことが先決だったし、その女性観は日頃アーサーの周囲に出没する女性たちから得られたものだから全面的に間違っているとは言い切れないが、今にして思えばやりすぎた感も否めない。とにかく、新しい病院に移ってから１月もたたないうちにアルフレッドが女嫌いであることは病院内に知れ渡り、そしてそれは今でも続いている。<br />
　<br />
　約束の時間より５分ほど早くウィアムに指定されたバー「アリストファネス」に着いた。近代的なビルとビルとの間に挟まれた小さなバーで、カウンターに椅子が５つと２人用のテーブルが2つしかない。馴染みのバーテンダーがアーサーの顔を見ると「お久しぶり」と笑顔で声を掛けてきた。店の中には他に客は一人もいない。ダブルのウィスキーを注文し、それを飲みながらバーテンダーと世間話をしていると、ドアが開いてアルフレッドが入ってきた。時間は７時ジャスト。相変わらず律儀な奴だ。思わずにやりと頬が緩む。<br />
「来たか」<br />
とアーサーが言うと、アルフレッドは彼の隣のスツールに腰を掛け<br />
「久しぶりだな。叔父上の会社を引き受けたと聞いたが、そっちも忙しいんじゃないのか？」<br />
と言ってきた。アルフレッドに会社のことは何も話していなかったが、大方エドワードからヘンリーに伝わった話をヘンリーから聞いたのだろう。<br />
「まあな。今になって少々後悔している」<br />
それを聞いてアルフレッドは眉を上げた。が、実はそんなセリフを口にしたアーサー自身が一番驚いていた。仕事は順調だ。この先上手くやっていく手ごたえもある。なのに心の底に自分は来てはならないところに来たのではないかという微かな不安というか、恐れのようなものがあるのだ。自分でもその恐れの正体が何なのか掴めていないし、自分ですら認めたくないことを他人に言うつもりもなかったが、親しい友人に久しぶりに会って気が緩んだとしか思えない。アーサーには珍しく狼狽しかかったが、それはウィリアムの登場によって救われた。<br />
「やあ、遅れてすまん」<br />
「僕も今来たところだ。久しぶりだな、ウィリアム」<br />
アルフレッドの隣にウィリアムが座り、暫くの間お互いの近況を報告し合った。<br />
「僕はさ、アルフレッドの家政婦のミセス・ディケンズが作ったきゅうりのサンドイッチのことを今でも時々思い出すんだ」<br />
近況報告がいつの間にか思い出話になり、お互いがまだ学生で、それぞれの家に招かれようが招かれまいが押しかけてお茶とスコーンをご馳走になっていた時代の話になったところでウィリアムがそう言った。<br />
「芸術的なほどの薄さのパンときゅうりだったなあ&hellip;&hellip;。あんなサンドイッチは未だに２度とお目にかかっていないよ。ところで、彼女は元気かい？」<br />
「いや&hellip;&hellip;実は彼女は今セント・ポール病院に入院していて&hellip;&hellip;」<br />
アルフレッドはミセス・ディケンズが事故に会い、彼の勤務するセント・ポール病院に入院することになったいきさつを説明し、<br />
「じゃあ、君は今身の回りのことはどうしてるんだい？」<br />
とウィリアムに問われて、ヘンリーの紹介で、ある下宿屋で生活していることを語った。俯き加減で訥々と話すアルフレッドにはわからなかっただろうが、彼が話をしている間中、ウィリアムは何かを企んでいる様子でにやにや笑っている。アーサーは、なるほど、と今日ウィリアムがアルフレッドを飲みに誘い出した意味を理解し、少し彼に加勢をしてやろうと思った。<br />
「ほお&hellip;&hellip;、お前も気の毒に」<br />
アーサーは興味深そうにアルフレッドの顔を覗き込むと言った。<br />
「狭い、小汚い部屋に押し込められて、大した食事も出さないのに、やれ食事の時間が不規則だの、夜中に帰ってきて音を立てるな、だの文句を毎日言われているんだろう？　でっぷり太った中年の女将さんにさ。可哀想に&hellip;&hellip;」<br />
演技過剰かとも思ったが、心から憐れんでいるように少し大げさに首を振って見せる。するとアルフレッドはアーサーを睨んできっぱりと言った。<br />
「部屋は広くて綺麗で落ち着けるし、どんなに遅く帰ってきても文句を言われるどころかちゃんと食事を用意してくれる。食事は美味いし、お茶と一緒に出されるスコーンは絶品だ。それに彼女は&hellip;&hellip;」<br />
「彼女は？」<br />
「か、彼女は&hellip;&hellip;、若くて美人だ。そして優しい&hellip;&hellip;」<br />
その時のアルフレッドの表情を見て、アーサーは彼を抱きしめたくなった。アルフレッドはアーサーよりも３か月早く生まれているが、アーサーはクールなふりをしていても、実際はとても純粋でナイーブな彼のことを弟のように思ってきた。ああどうか、とアーサーは柄にもなく神に祈りたい心境だった。「今度こそ、彼の善良さに見合う素晴らしい女性を彼に与えたまえ&hellip;&hellip;」<br />
<br />
　３人の中で一番酒に弱いアルフレッドは、２４時間ぶっ通しで働いていたためか、それから間もなく酔いつぶれて眠ってしまった。<br />
「ウィリアム、どういうことだ？アルの想い人について何を知っている？」<br />
カウンターの上に突っ伏しているアルフレッドを挟んでアーサーとウィリアムは小声で話し合った。<br />
「実は、彼女は&hellip;&hellip;、ステラというんだが、僕の名付け親の妻だった人だ。名付け親は２年前に亡くなって&hellip;&hellip;、それで彼女は未亡人のミセス・ギルバートとなったわけだ」<br />
「ほう&hellip;&hellip;」<br />
ウィリアムの名付け親なら、アーサーの父親と同じくらいの年齢だろう。そんな男性とまだ２０代の女性との結婚は決して珍しいものではなかったが、２７歳年下のルシリアと結婚した父親を持つアーサーは驚く気にはなれなかった。<br />
「名付け親が亡くなる前、僕は彼に彼女のことをよろしく頼むと言われている。いい男性がいたら、自分のことは忘れてその人と早く一緒になるように計らってくれと」<br />
「それがアルなんだな？」<br />
「ああ、実は昨日ステラと会って、彼女の下宿屋にアルが厄介になっていると聞いて仰天してね。で、話を聞いていると、どうも彼女はアルのことを憎からず思っているみたいなんだ。じゃあ、アルの方はどうなんだろうと思って、今日はそれを探るために君に協力してもらったわけだ」<br />
「で？」<br />
「どんぴしゃだ。間違いない」<br />
ウィリアムは両手をこすり合わせながらほくそ笑んだ。<br />
「とても素敵な女性なんだ。落ち着いていて優しくて、彼女の容姿や学歴から考えたら地味すぎるくらい地味で&hellip;&hellip;。本当にアルにはぴったりだ。キャサリンとは真逆の女性だよ。彼女がギデオンと結婚してからずっと彼女を見てきたが、彼女の人柄に関しては僕が保証する。絶対だ」<br />
「お前がそれほどはっきり言うんだから、間違いはないだろう&hellip;&hellip;。ただ問題は&hellip;&hellip;」<br />
アーサーはすうすうと寝息を立てているアルフレッドを見下ろした。<br />
「そう、問題は」と、ウィリアムはアーサーの台詞を引き継いだ。「アルが過去の失恋の痛手からどう立ち直るか、だな」<br />
<br />
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    <dc:subject>未選択</dc:subject>
    <dc:date>2013-01-24T10:44:18+09:00</dc:date>
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    <title>7</title>
    <description>　「エレインはねえ」
と助手席に座らせたオリアナは恍惚とした表情でさっきから同じ話をずっと繰り返している。
「とっても絵が上手なのよ。色鉛筆だけでとても素敵な絵を描くの。それにとっても美人よねえ。私あんな綺麗な人見たことないわ。ねえ、アーサーはエレインより綺麗な人を見たことある？」
「さあ、ど...</description>
    <content:encoded><![CDATA[　「エレインはねえ」<br />
と助手席に座らせたオリアナは恍惚とした表情でさっきから同じ話をずっと繰り返している。<br />
「とっても絵が上手なのよ。色鉛筆だけでとても素敵な絵を描くの。それにとっても美人よねえ。私あんな綺麗な人見たことないわ。ねえ、アーサーはエレインより綺麗な人を見たことある？」<br />
「さあ、どうかな」<br />
アーサーはエレインとミセス・フォードをアパートに送り届けてからずっと続いているオリアナのお喋りにいい加減閉口していた。静かに考え事をしたいのに、それがままならない。だが、アーサーは自分が何を考えたがっているのか、その時点ではよくわかっていなかった。<br />
「アーサーはいいなあ。毎日エレインと会えるんでしょう？」<br />
「確かにそうだが&hellip;&hellip;。どうして君が羨ましがるのかわからないよ」<br />
「だってー。毎日エレインの顔を見ることが出来るのよ。そしてエレインとおしゃべりが出来るのよ。最高じゃない？」<br />
「最高&hellip;&hellip;か？」<br />
「最高よ」<br />
オリアナはどうしてこんなに明白なことが、この28歳も歳の離れた兄は分からないのだろう、と物語っているような目でアーサーの横顔を見つめ、それからため息を吐いた。<br />
「ねえ、またエレインに会いたいなあ。会わせてくれる？」<br />
――会いたきゃ勝手に会えばいい。何で僕の許可がいるんだ――<br />
という台詞をぐっと飲み込み、アーサーは可能な限り愛想のいい声で言った。<br />
「ああ、構わない。今度君がうちに泊まりに来れる時に会ってやってくれと、ミス・ラングドンに頼んでおくよ」<br />
アーサーはオリアナが本当に大好きだった。<br />
「本当？嬉しい！」<br />
歓喜のあまり運転中にオリアナから抱きつかれ、ハンドル操作を誤り、車を反対車線に乗り入れさせ、危うく対向車と正面衝突しかかっても、<br />
「オリアナ、僕が運転している時は頼むから僕に飛びつかないでくれるかな？」<br />
と、穏やかに言うことが出来るほど、アーサーはオリアナのことを愛していた。<br />
<br />
　ちょうどその頃、ファリントン邸にジョー・アビントンが訪れていた。<br />
「ファンチャルに行ったと聞いたわ」<br />
レディ・ファリントンは優雅な椅子に優雅に腰かけてジョーにお茶とケーキを勧めた。彼女の隣には6か月になったばかりのヘンドリックを抱いたマグダが座っている。<br />
「ファンチャル住まいをやめたわけではないのでしょう？」<br />
不思議そうなレディ・ファリントンの問いに、ジョーは笑顔で手を振った。<br />
「いやいや、住んでみるととても快適な所でね。メリッサは大喜びだ。ちょっとこっちで片づけなければならない用事があったんで帰ってきただけだよ。明後日にはまた戻る」<br />
「そう。よかったわね」レディ・ファリントンは紅茶を一口飲んで、「それにしても」と言った。<br />
「自分で作って育て上げた会社を、よくアーサーに任せる気になったわね」<br />
それを聞いてジョーはくすくす笑った<br />
「他人が僕のことをどう思っているのかよくわからないけどね。僕は本当は会社経営なんて好きじゃなかったんだ。十数年前からいつ手離そうかとずっと思っていた」<br />
「そうなんですか？」<br />
テーブルの上に座りたくて仕方がないヘンドリックを何とか宥めながらマグダが言った。<br />
「とても意外だわ。あなたの会社はとてもうまくいっていると聞いていたから」<br />
「まあ、それは人材に恵まれたからだな。それに、いくら嫌だからと言って、僕には数百人にもなる従業員に責任があるからね。そう簡単に放り投げるわけにもいかなかったんだ。どうしようかなあと考えているうちに、ふと気づくといつの間にかロドニーの息子のアーサーが立派になっているじゃないか。これは一石二鳥だと思って彼に白羽の矢を立てたんだ」<br />
「一石二鳥？」<br />
レディ・ファリントンとマグダの声が重なった。<br />
「そうなんだ」<br />
ジョーの目はいたずらを仕掛けようとしている少年のように輝いている。<br />
「実は、本当に僕が彼に譲りたかったのは、会社ではなくて、僕の秘書なんだよ」<br />
「それって&hellip;&hellip;。どういう&hellip;&hellip;？」<br />
「5年前、学生時代の友人が夫人と一緒に事故で亡くなってね。僕はちょうどその時、アメリカに行っていて知らせを受けるのが遅れたんだ。彼の家を訪れたのは、葬儀が終わって２週間もした頃で、行ってみると屋敷の中はがらんとしていて、使用人が誰もいない屋敷に彼女だけがいて、もうすぐこの屋敷は競売にかけられると言った。それから渋る彼女から何とか聞き出せたところによると、彼の父親には多額の借金があったらしい。屋敷を売ってもまだかなりの借金が残り、更に母方の祖母が自分の屋敷を手離し、援助してもまだ相当な額の借金が残っていると。それで僕は彼女にシティに出てきて僕の秘書にならないかと誘ったんだ。あまり高い給料は出せないが、安定した収入があれば残りの負債はローンで返せる。本当はその残りの負債を僕が払ってもよかったんだが、そんなことを申し出ても、彼女は頑として聞き入れなかっただろう。そんな女性なんだ&hellip;&hellip;」<br />
「まあ、そうなの。それで、その女性はあなたの秘書になったのね」<br />
「そう。とても美しい女性だ。年の頃なら、マグダ、君と同じくらいだな。とても優秀で、仕事はもちろん、細やかな心遣いも自然にできる女性だ。そんな風に容姿も気立ても申し分ない女性なのに、彼女は借金のために結婚をあきらめてしまっている」<br />
「その気持ちよくわかるわ&hellip;&hellip;」<br />
息子のヘンドリックを連れて義母の家に遊びに来ていたマグダは、ジョーが訪れてきた時、ほんの少しだけ挨拶をするだけのつもりでヘンドリックを抱いたまま椅子に座ったが、今ではそれを後悔していた。昼寝から目覚めたばかりのヘンドリックはちっともじっとしていないし、だからと言ってここで退席するには惜しい話題に入ろうとしている。それを見て取ったレディ・ファリントンは暖炉の横の紐を引いて、執事のネイサンを呼び寄せた。<br />
「ちょっとヘンドリックをお願いね」<br />
マグダは義母に感謝しながら息子をネイサンの手に預けた。この頃、ようやくファリントン邸の人々に慣れてきたヘンドリックは、たとえ母親の手から離されても自由の身になりたいという気持ちが強いらしく、大人しくネイサンに抱かれて居間を出て行った。<br />
「何とかしてやりたいと思っていたんだ。ずっと&hellip;&hellip;。彼女の父親は僕の親友で、色々と返さなければならない恩もあったんだ。だからと言って、彼女の借金を肩代わりしてやることが本当に彼女のためになるのかどうか&hellip;&hellip;。くよくよ考えていたら、ふと、アーサーのことを思いついてね。これは、もしかしたらと思ったんだ」<br />
「つまり、彼女の人生のすべてをアーサーに委ねようと&hellip;&hellip;？」<br />
レディ・ファリントンの問いにジョーは首を振った。<br />
「僕はアーサーに何も言ってない。ただ、一緒に働いていれば、そのうち、彼女の素晴らしさを理解してくれるだろうとは思う&hellip;&hellip;。それが恋愛にまで発展するかどうかはわからないけどね」<br />
「その女性の方は？彼女はアーサーを好きになるかしら」<br />
マグダの問いにもジョーは首を振った。<br />
「それもわからないよ。人の好みはそれぞれだからね。言うなれば、僕は一つのビーカーに違う薬品を入れてみただけだ。それで素晴らしい薬ができるか、とんでもない毒薬ができるかはまあ、お楽しみというところかな」<br />
「毒薬になったら可愛そうだわ&hellip;&hellip;」<br />
レディイ・ファリントンが眉を顰めた。<br />
「うん、そうならないように、僕もルーカスという目を使って見張っておくよ。あくまで彼女を幸せにすることが目的であって、彼女を不幸にするわけにはいかないからね」<br />
「ねえ、それなら」と口を開いたマグダの瞳がキラリと光った。「私もお手伝いしたいわ」<br />
「手伝うって？」<br />
マグダをちらりと横目で見たレディ・ファリントンもどことなくわくわくしている様子だ。<br />
「もちろん、その女性とアーサーの仲を取り持つのよ。うーん、そうは言っても、実際にその女性に会ってみないと何とも言えないわね。『あなたに会いに来ました』って言って会社に乗り込んでいくわけにもいかないし」<br />
「だったら、こうしましょう」<br />
レディ・ファリントンがパンと手を打った。<br />
「近々、アーサーに会ってお願いしようと思ってたの。ほら、母子寮の件。彼にロバート卿の説得を頼もうと思っていたんだけど、その席にその女性&hellip;&hellip;ええと、お名前は？」<br />
「エレインだ。エレイン・ラングドン」<br />
「そのエレインも同席させてもらいましょう」<br />
「いい考えだわ」<br />
義母の方を見て、マグダはにやりと笑った。<br />
「私が彼に連絡するわ。口実も私が考える。ええと、いつがいいかしら&hellip;&hellip;」<br />
「おいおい&hellip;&hellip;」<br />
ジョーは戸惑いと期待と恐怖がごちゃ混ぜになったような顔をして言った。<br />
「頼むから余計なことを言って、御破算にしてくれるなよ」<br />
「まかしといて」<br />
マグダは良家の嫁にはちょっとふさわしくないような調子で言い、そしてぐっと親指を突き出した。<br />
<br />
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    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
    <dc:date>2012-11-05T13:53:31+09:00</dc:date>
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    <title>６</title>
    <description>　ミセス・ファーガソンンの家、つまり、ルシリアの実家はシティーの郊外から更に少し離れたデルという町にある。アーサーはその日ばかりは残業をせずに家に帰り、マーサが用意していたスコーンと紅茶で一息ついてから、タキシードに着替えて家を出た。ミセス・ファーガソンの開くパーティーは近頃では珍しいくらい格式ばっ...</description>
    <content:encoded><![CDATA[　ミセス・ファーガソンンの家、つまり、ルシリアの実家はシティーの郊外から更に少し離れたデルという町にある。アーサーはその日ばかりは残業をせずに家に帰り、マーサが用意していたスコーンと紅茶で一息ついてから、タキシードに着替えて家を出た。ミセス・ファーガソンの開くパーティーは近頃では珍しいくらい格式ばっていて、もちろん強制されているわけではないが、男性はタキシードを着ていくことが慣例となっている。<br />
　ミセス・ファーガソンの屋敷は町の中心部から少し離れた丘の上にあり、柘植の生垣でぐるりと囲まれた広大な芝生の広場の真ん中に建っている。数年前に建築されたアメリカ風の現代的な建物だ。玄関の横はテラスになっていて、その奥の大きくて開放的な窓には赤々と明かりが灯り、部屋の中には既にかなりの人数が集まっていることが見て取れた。アーサーは玄関近くの広場に止まっている数台の車の端の方に車を止めると玄関へ向かった。<br />
「アーサー！いらっしゃい！」<br />
アーサーが来たことを窓から見ていて知ったのか、彼が呼び鈴を押すより前に扉が開き、オリアナが彼に向かって突進してきた。<br />
「オリアナ・元気だったかい？」<br />
アーサーはオリアナをがっちり受け止めると高く持ち上げた。ベージュのブラウスに茶色のスカートを着たアリアナは少女らしい嬌声を上げてアーサーの首にしがみついた。<br />
「会えてうれしい！ねえねえ、私、今晩はここに泊まるけど、明日アーサーの家に泊まりに行っていい？」<br />
アーサーはオリアナを床におろしながら、明日と明後日の予定が何かあったかどうか、思い出そうとしていたが、その間に玄関ホールにシルバーグレイのロングドレスを着たルシリアがやって来て言った。<br />
「オリアナ。アーサーはお仕事が忙しいのよ」<br />
「いや、特に何もないよ」アーサーはオリアナに向かって言った「じゃあ、明日の朝、迎えに来るよ。それから明日は一日、君の好きなところに連れて行ってあげよう」<br />
「やったー！じゃあ、どこに行きたいか、今夜のうちに考えとくね」<br />
オリアナは文字通り飛び跳ねながら客間に戻っていった。<br />
「本当にいいの？」ルシリアが近づいてきて言った。「マーサの話では、あなたは明けても暮れても仕事ばっかりしてるってことだったけど」<br />
「最近はそうでもないんだ。会社の方も大分勝手がつかめたし、コンサルタント会社の方も僕がいなくても上手く回ってるらしい。本当に明日と明後日は何の予定もないし、そろそろ一息つきたいと思っていたところだ」<br />
「ああ、会社経営を引き継いだんだったわね。でも、せっかくの休日を、オリアナに潰されるのは嫌じゃない？」<br />
ルシリアは眉を顰めて聞いてきた。法律上は彼女とアーサーは親子だが、実際はアーサーの方が３歳年上だ。ルシリアは自立心旺盛で率直でさばさばした性格なので、アーサーは彼女とはウマが合った。彼にとってルシリアは数少ない女友達のうちの一人とも言える。<br />
「潰されるなんてとんでもない。僕はオリアナが大好きだからね。彼女と一緒に一日を過ごせるのはとても嬉しい」<br />
アーサーは正直な胸の内を語った。実際、オリアナは生まれたときからアーサーの大のお気に入りだった。あまり可愛がり過ぎてルシリアから何度も釘を刺されるほどだった。「早く結婚して、自分の娘を持ちなさい」と。<br />
「あのね、だから早く」<br />
ルシリアの口が皮肉っぽく歪むのを見て、アーサーは先手を打って次のセリフを制した。<br />
「わかってる。目下、鋭意努力しているところだ。さあ、もう皆集まってるんだろう？中に入ろう」<br />
アーサーはルシリアの背中を押して客間へ向かった。ルシリアはアーサーと並んで歩きながら「嘘ばっかり」と呟いた。<br />
<br />
　農業資材を扱う会社を経営していたミセス・ファーガソンの夫は７年前に他界しており、会社経営はルシリアの兄、ドナルドが引きついている。ミセス・ファーガソンの誕生を祝うディナーパーティーはミセスの家族、親せき、親しい友人たち総勢１５名が招待されて厳かに行われた。<br />
――食事に関してはゆっくり味わって食べられるんだ――<br />
アーサーはファーガソン家の自慢のコックが腕によりをかけて作った料理を堪能しながら、隣の席のドナルドと最近の経済情勢について意見を交わし、ルシリアとドナルドの妻オードリーが最近の住宅事情について愚痴をこぼすのに耳を傾けた。ところが、食事が終わり、オリアナとドナルドの子供たちがルシリアに促されてしぶしぶ子供部屋に入り、場所を移して客間に集まった大人たちにブランデーやウィスキーが振る舞われ始めると、アーサーの隣にミセス・ファーガソンがささっとやってきた。彼女は堂々とした体躯をパープルの華やかなロングドレスで包み込み、淡褐色の瞳は獲物を見つけた虎のようにらんらんと輝いている。この場合の獲物とは自分のことだと、アーサーは瞬時に理解した。<br />
――ほら来た――<br />
毎年のことなので覚悟はしていたが、実際に彼女がアーサーの隣の椅子に座ると百戦錬磨のアーサーでも思わず緊張してしまう。<br />
「アーサー。あの表六はいったいどこにいるの？」<br />
前置きなし、単刀直入でミセスは言った。表六というのは誰のことだかわかっていたが、敢えて彼は分からないふりをした。<br />
「表六&hellip;&hellip;さて？」<br />
「とぼけないで。あなたの父親、ロドニーのことよ」<br />
こういう時の彼女には冗談は通じない。アーサーは心の中でため息を吐いた。<br />
「さあ、僕にもよくわからないんです」<br />
「わからない？あなたは去年、どうやらシティ内に住んでいるようだと言っていたではありませんか。それっきり行方も探してないの？」<br />
食ってかかってくるミセスをなだめるために、アーサーは噛んで含めるように言った。<br />
「行方を探すと言ってもですね、もういい大人だし、それに認知症になるのはまだまだ先の話ですし、本人が僕らから身を隠して暮らしていきたいと思っているのなら、そうさせない理由はないわけで&hellip;&hellip;」<br />
「理由がない？理由がないですって？」ミセスの額に青筋が浮かんだ。「オリアナはどうなるの？ロドニーはオリアナの父親なのよ」<br />
「お母さん」<br />
ルシリアがやってきて口を出した。<br />
「私たちなら、彼なしでも大丈夫よ。経済的にも困ってないし。オリアナも彼はブラジルに行っていると信じているし&hellip;&hellip;」<br />
「オリアナをいったいいつまでだますつもりなの？」ミセスの怒りの矛先は、娘のルシリアに向かった。「それに、彼がいなくても問題がないのなら、なぜ離婚しないの？」<br />
「私は彼を愛しているのよ。だから、彼が自分から私たちの所に帰ってくるのを待っているだけ。離婚なんて絶対にしないから」<br />
「お前ときたら！」ミセス・ファーガソンは派手にため息を吐いた。「27歳も年上の男と反対を押し切って結婚したかと思えば、いい年をして、紐の切れた風船みたいないい加減な夫を待ち続けるなんて、馬鹿にも程があるわ」<br />
「馬鹿でも結構よ。お母さんには私の気持ちはわからないわ」<br />
母娘喧嘩が勃発しそうになったのを見て、ドナルドが２人の間に割って入った。<br />
「まあ、まあ、落ち着いて。そんなに大声を上げたら、子供たちに聞かれてしまうでしょう。ところで、お母さん、来週の土曜日にディックのホッケーチームの試合があるんです。お母さんも見に来ませんか？」<br />
「ホッケーなんか興味はないわ！」<br />
「そりゃそうでしょうが、地区大会の決勝なんです。これに勝ったら州大会に行けるんです。ディックもレギュラーで出るんですよ」<br />
「ふうん。それは名誉なことね」<br />
「しかも、サー・レッドフォードがスポンサーになって、優勝したチームには特別に商品が渡されるんです」<br />
「へえ、どうせ大したものじゃないんでしょ」<br />
「いやいやどうして」<br />
ドナルドが巧みに話題をすり替えている間に、ルシリアはアーサーに手招きしてそっとその場を抜け出した。<br />
<br />
　「本当に毎度毎度、母には不愉快な思いをさせられているわね。ごめんなさい」<br />
人気のない、屋敷の裏側にあたる居間のテラスでルシリアは言った。<br />
「いや、そうでもないさ。僕は割と彼女のことを気に入っているんだ」<br />
「無理しなくていいのよ」ルシリアは弱弱しく微笑むと手すりに寄り掛かった。「ねえ、あなたも私のことを馬鹿だって思ってる？　まあ、思われていたとしても私は平気なんだけど」<br />
「正直に言えば、そう思っているよ」アーサーは率直に言った。「あんな親父と結婚したってことだけでも信じられないのに、その上、君とオリアナを置いてどこかに逐電してしまった親父をまだ愛してるなんてね」<br />
「私は&hellip;&hellip;」ルシリアは物憂げな顔で独り言のように言った。「彼と私は運命の糸で結ばれていると思っているの。笑わないでよ」<br />
「笑わないよ」<br />
アーサーは言葉通りに真面目な顔をしている。<br />
「私は彼を一生愛し続けるし、彼もきっと私のことを愛してる。彼はきっと私の所に戻ってくるわ。彼&hellip;&hellip;、私と結婚したことを後悔していると言ったの。僕とは早く離婚して、もっと若くて頼りになる夫を見つけなさいって。歳の問題じゃないのに&hellip;&hellip;。私は彼を一目見たとき、私は一生この人と生きていきたいと思ったの。彼もきっとそうだと思うわ。ただ今は、彼はちょっと勇気が出ないだけなのよ」<br />
「うらやましい話だな」<br />
アーサーは防犯用の照明に照らされたほの暗い庭を見つめながら言った。<br />
「そんな風に思える人に出会えたというのは&hellip;&hellip;」<br />
ルシリアは微笑んで彼の方を振り向いた。<br />
「あなたもきっと出会えるわ。そんな人に」<br />
「さあ、どうだか&hellip;&hellip;」<br />
アーサーはため息を吐いた。ルシリアやマグダや、それに友人たちの妻のように、彼が好ましいと思える女性は何人もいる。だが、ルシリアが言うほどの、運命を感じるような女性には今まで会ったことがない。一目見た瞬間、恋に落ち、この人と一生を共にしようと思うなど、そんなのは一時的な気の迷いだとずっと思ってきた。だが、ルシリアはそういうこともあるのだと言う。<br />
――まあ、いいさ。一人でも生きていける――<br />
運命の人に出会えないからといって、適当な女性で妥協するつもりは毛頭ない。マーサやレディ・ファリントンは気を揉むだろうが、彼女たちもそのうち諦めるだろう。そう考えたとき、アーサーは不意におかしくなった。<br />
――何と何と、僕はかなりのロマンチストらしい&hellip;&hellip;。ブラックホークの名折れだな――<br />
<br />
　パーティーがお開きになり、アーサーは明日の朝１０時にオリアナを迎えに行くとルシリアに伝えてミセス・ファーガソンの屋敷を後にした。そのまま自宅に直行しようと思ったが、途中で気が変わって会社に寄ることにした。<br />
<br />
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    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
    <dc:date>2012-09-20T11:25:48+09:00</dc:date>
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  <item rdf:about="https://jhsouko.blog.shinobi.jp/%E5%A4%A7%E3%81%8D%E3%81%AA%E6%A8%AB%E3%81%AE%E6%9C%A8%E3%81%AE%E4%B8%8B%E3%81%A7/5">
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    <title>5</title>
    <description>
	　次の日の午前中、北部の中核都市、アテリアで進めている住宅地造成についての報告書を読んでいると、秘書室が騒がしくなってきた。はっきりと内容は聞こえないが、ミス・ラングドンが誰かを押しとどめているようだ。アーサーは苛立たしげに報告書を机の上に置くと、立ち上がり、ドアを開けた。
	「いったい何事...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p>
	　次の日の午前中、北部の中核都市、アテリアで進めている住宅地造成についての報告書を読んでいると、秘書室が騒がしくなってきた。はっきりと内容は聞こえないが、ミス・ラングドンが誰かを押しとどめているようだ。アーサーは苛立たしげに報告書を机の上に置くと、立ち上がり、ドアを開けた。<br />
	「いったい何事だ」<br />
	そう言った瞬間、アーサーはアビゲイルに飛びつかれた。不意打ちだった。飛びつかれたことだけではない、彼女がここにいること自体、アーサーには信じられなかった。<br />
	「これは&hellip;&hellip;、アビゲイル。どうしてここに？」<br />
	「社長になったって聞いて様子を見に来たのよ。だってあなた、全然家にきてくれないんだもの」<br />
	いや、聞きたいのはそこじゃない、とアーサーは心の中で呻いた。ATHOMESは大企業、とまではいかないが、シティの中心部に本社ビルを構えているそれなりの会社だ。社長室に入るためには二重、三重のチェックが入るはずなのに、いったい予告もなしにどうしてここまで辿り付けたのか&hellip;&hellip;。本来なら、1階の受付で面会を申し入れないといけないはずなのだが&hellip;&hellip;。アーサーはとりあえずアビゲイルを社長室の中に入れ、怖い顔をして彼女をにらんでいるミス・ラングドンにコーヒーを頼むと自分も部屋の中に入ってドアを閉めた。<br />
	「なかなかいい部屋じゃない」<br />
	勧められる前にソファに座ったアビゲイルは部屋の中を見回して言った。<br />
	「どうして、ここまで来れたんだ？　本来なら、受付でタグを貰わないと、会社内のドアも開けられないはずなんだ」<br />
	アビゲイルは自分の正面のソファに座ったアーサーに向かって身を乗り出して言った。<br />
	「それがね、私が受付を通り過ぎようとした時、ちょうどケネス・ブラウンと会って、彼にここまで連れてきてもらったのよ。彼、あなたの会社に勤めてたのね」<br />
	「ケネス&hellip;ブラウン&hellip;&hellip;。確かにこの会社の営業部長だが、彼はまさか&hellip;&hellip;」<br />
	「そう、私のお店のお得意様よ」アビゲイルはにっこりと微笑んだ。「彼と一緒だったからかしら、受付を通さなくても、この階までスムーズに来れたわよ」<br />
	アーサーは右手で顎をいじりながら、心の中では両手で頭を抱え込んだ。――この会社はセキュリティー面でシステムと社員の認識のレベルの両方で問題がある。後で施設管理部門と警備部門の責任者を呼んで検討しなければ&hellip;&hellip;。――<br />
	「で、今日来たのはただのご機嫌伺いのためじゃあるまい？」<br />
	アビゲイルはアーサーが毛嫌いするタイプの女性とは少し違う。だが、彼にとって非常に厄介な女性だ。用事があるのならさっさと終わらせてしまいたいという思いでアーサーは話を促した。<br />
	「ええ、そうなの。実はあなたにお願いがあって&hellip;&hellip;。是非、引き受けてほしいの」<br />
	アビゲイルは自分の目的を達成するためならどんな女にも変身できるという、ある種の特技をもっている。彼女は今、手を組み、微かにうるんだ目を大きく見開いて、しおらしい、けなげな女性を演じている。<br />
	「話を聞かない事には&hellip;&hellip;」<br />
	「ううん」アビゲイルはかわいらしく首を横に振った。「そんな難しいことじゃないのよ。あなたなら簡単なこと。ねえ、お願い。引き受けるって言って」<br />
	「だから、いったい何をなんだ」<br />
	「んー」<br />
	アビゲイルはアーサーから視線をそらすと、壁に掛った時計を見た。<br />
	「もうすぐお昼ね。ランチでも食べながらお話ししましょう。私、ラテリアに行きたいわ」<br />
	「ラテリア？」アーサーは眉を顰めた。「あそこは当日の予約は入れられないぞ」<br />
	「でも、あなたならなんとができるでしょう？」<br />
	「いや、無理だ」<br />
	アーサーが突っぱねると、アビゲイルはむっとした表情になったが、すぐにそれがずるがしこい小悪魔的な表情に変わった。<br />
	「私、あなたの義理の妹になるかもしれないのよ？　そんなに邪険にしていいの？　コーデリアは素直な娘だから、私が一言言えば&hellip;&hellip;」<br />
	「わかった、なんとかしよう」<br />
	アーサーはアビゲイルに屈する形で彼女のセリフを遮った。ちょうどその時、ミス・ラングドンがコーヒーを持ってやってきた。アーサーはコーヒーを置いて立ち去ろうとする彼女に、幾ばくかの罪悪感を抱きながら言った。<br />
	「悪いが、ラテリエに2人分の席を予約してくれ。12時だ」</p>
<p>
	　アーサーにはミス・ラングドンがどんな魔法を使ったのかわからなかったが、とにかく12時5分過ぎには、彼とアビゲイルはラテリエのテーブルについていた。<br />
	「で、頼みごととは？」<br />
	一刻も無駄にしたくなかったアーサーは料理と飲み物を注文し終わると、直ぐに切り出した。<br />
	「実は私のクラブにねえ」ラテリエに連れてきてもらったことで満足したアビゲイルは話を引き延ばす必要もなくなったのか、すらすらと喋りはじめた。<br />
	「とっても歌の上手い娘がいるの。彼女をなんとがメジャーデビューさせたいんだけど、どのレコード会社もほとんど門前払い状態で&hellip;&hellip;」<br />
	アビゲイルはシティの繁華街にあるクラブを経営している。以前はただ酒を出すだけの店だったが、最近では多少歌が歌えたり楽器が演奏できる若者を雇ってライブを始めたらしい。アーサーはアビゲイルの&ldquo;頼みごと&rdquo;の内容が見えてきて、安堵すると同時に腹も立ってきた。<br />
	「そんなことは僕の管轄外だ。ニコラスに頼めばいいだろう？」<br />
	「ニコラスぅ？」<br />
	アビゲイルは鼻で笑った。<br />
	「あんな弱小プロダクションに何ができるっていうの？彼に紹介してもらえるのはせいぜい3流レコード会社よ。もっとメジャーな、FNJとか、バレーカンパー二ーとかじゃないと、レコード出したって売れないじゃない！」<br />
	「そんなに歌が上手くて、売れると確信しているのなら、どこかの有名プロダクションに入れればいいだろう？定期的にオーディションはしてるだろうし、飛込みでも曲を持っていけば聞いてもらえる」<br />
	「何言ってるの？　それって、彼女を手離すってことじゃない。いい？　私はあの娘をダウンタウンのストリートライブで見つけて以来、今までずっと大事に大事に育ててきたのよ。みすみす他の人にとられてたまりますか」<br />
	――つまり、その女の子の稼いだ金を、がっぽり自分のものにしたいんだな――<br />
	アーサーは心の中でため息を吐いた。アビゲイルは以前、テリーが画廊を開く時に関係した画商の娘で、初めて会った時から一筋縄ではいかない女だという印象を持ったが、しかしてそれは見事に当たっていた。とにかく金に関して貪欲で、色恋沙汰は二の次。というか、利用できると踏んだ男はとことんまで利用し尽くすということを信条としているらしい。<br />
	「あなたなら顔も広いし、何とかならない？」<br />
	アビゲイルは組んだ手の上に顎を載せて、にっこりと微笑んだ。<br />
	アーサーは頭の中を引っ掻き回して、音楽関係に顔の利く友人、あるいは知り合いを探した。アビゲイル以外の人間にこんな頼みごとをされたら、「断る」の一言で済ますはずのアーサーが、何とか彼女の要求にこたえようとするのには訳があった。アーサーの弟の一人、テリーがアビゲイルの妹のコーデリアにぞっこん参っているのだ。学生時代から遊びまわっていたテリーは女性の扱いには慣れているはずだが、本当に好きになった女性となると話は違うらしく、知り合ってから１年以上たっても、まだその思いを告白していないらしい。実際、コーデリアは姉のアビゲイルとは似ても似つかぬほど純真で優しい女性で、しかも父親のお気に入りの箱入り娘とあって、今まで男性と付き合ったことがないらしい。そんな二人は傍からみているぶんには微笑ましい限りだが、不幸なのはそこにアビゲイルが絡んでくることだった。テリーのコーデリアに対する気持ち、そしてアーサーが兄弟思いであるということを知っているアビゲイルは、ことあるごとにそれを脅しの種として使う。「コーデリアがテリーを受け入れるかどうかは私次第なのよ」と、言って憚らない。<br />
	「学生時代の友人に、テレビ局のディレクターをしているやつがいる。彼に連絡を取って、いいレコード会社を紹介してくれるように頼んでみる」<br />
	アーサーが言うとアビゲイルと満面の笑みを浮かべた。<br />
	「まあ、やっぱりあなたは頼りになるわ」<br />
	「ただし、条件がある。今後一切、会社に来るな。もし来たら、この話ご破算にさせるぞ」<br />
	アビゲイルは一瞬きょとんとした顔をしたが、すぐに薄ら笑いを浮かべて頷いた。<br />
	「わかったわ。約束する。でもねえ、アーサー。四六時中あんな地味で冴えない秘書と一緒にいるのは気が滅入るんじゃない？　たまには私みたいな華やかな女性が来た方が気分も変わっていいと思うけど」<br />
	彼女の言葉にアーサーは内心ムカっときたが、それを表に出さずに冷静に言った。<br />
	「仕事ができれば姿かたちは問題ない。今のままで十分だ。だから絶対にもう来るなよ」</p>
<p>
	　買い物がしたいというアビゲイルをシティで一番大きなデパートの前で降ろしてアーサーは会社に戻った。<br />
	　社長室のドアを開けると、真剣な顔をしてパソコンの画面を見つめているミス・ラングドンの姿が目に飛び込んできた。仕事に没頭している彼女は、アーサーが静かにドアを開けたこともあって、彼が戻ってきたことに全く気が付いていない。アーサーは暫くその場にとどまってミス・ラングドンを見つめた。相変わらず化粧気がないが、肌は白くきめ細やかで、大きなグレイの瞳と形のいい鼻のバランスは完璧だ。きれいに弧を描く眉は物憂げに中心に少し寄っている。アーサーはつくづくと彼女は美しい、と思った。そして奇妙なことに、彼女のその姿はとても孤独に見えた。<br />
	「おかえりなさい」<br />
	アーサーがミス・ラングドンの机の前に立つと、彼女は顔を上げてアーサーの顔を見つめた。彼女の澄みきったグレイの瞳はアーサーの罪悪感を呼び覚ました。<br />
	「さっきは無理をさせてすまなかった」<br />
	気が付くと、アーサーはそう口走って、ミス・ラングドンに謝っていた。<br />
	<br />
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]]></content:encoded>
    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
    <dc:date>2012-06-29T16:08:11+09:00</dc:date>
    <dc:creator>No Name Ninja</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
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  </item>
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    <title>４</title>
    <description>
	　ATHOMESの会社を引き受けることを決心した時、アーサーはM&amp;amp;amp;Aを行なうためのコンサルタント会社を設立した。それまで、アーサーは1人でこの仕事をやってきたとはいえ、誰の手も借りなかったわけではない。企業を買収するのに必要な専門家は個人的な伝で探し出し、仕事を依頼してきたが、今回、彼...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<p>
	　ATHOMESの会社を引き受けることを決心した時、アーサーはM&amp;Aを行なうためのコンサルタント会社を設立した。それまで、アーサーは1人でこの仕事をやってきたとはいえ、誰の手も借りなかったわけではない。企業を買収するのに必要な専門家は個人的な伝で探し出し、仕事を依頼してきたが、今回、彼がATHOMESの社長に就任するに当たって、それらの優秀な人材を引き抜いて会社を作り、M&amp;Aに関する業務はその会社に任せることにしたのだ。もっとも１００％アーサーが出資して作った会社なので、基本的に最終的な判断はアーサーが下すことにしているが、それ以外はスタッフに自由裁量で動いてもらうことにした。<br />
	　彼がATHOMESの社長に就任した時には、そのコンサルタント会社も活動を開始していたが、どうしても情報管理のプロが不足しているということになり、アーサーは社長に就任して２週間後、ある程度仕事が軌道に乗ったのを見計らって、以前から交流のあったフーゴ・ラッツェルを引き抜くべく、ドイツに向かった。<br />
	　中国の故事でいうところの三顧の礼ではなかったが、固辞するフーゴを何とか説得して引き抜くことに成功し、アーサーは予定を早めて帰国の途に着いた。国際空港に着いたのが午後4時。事前にモーリスに連絡しておいたので、彼が空港ビルから外に出るとそこには彼の車が止まっており、その横にスーツ姿のモーリスが立って待っていた。<br />
	「お帰りなさい」<br />
	モーリスは人懐こい笑顔をアーサーに向けた。彼はアーサーからスーツケースを受け取りながら言った。<br />
	「ご自分で運転されますか？それとも私がしましょうか？」<br />
	「君が運転してくれ」<br />
	とアーサーが言うと、モーリスはさっと助手席側に周り、ドアを開けてアーサーを助手席に乗せ、ドアを閉めると自分は運転席側に回り乗り込んだ。<br />
	「帰宅ラッシュの時間帯にかかってしまいましたが、どうしましょう。会社に行かれますか？それとも自宅に帰られますか？」<br />
	モーリスに尋ねられてアーサーは時計を見た。<br />
	「会社に行ってくれ。終業時間には間に合うだろう。確認したい事案もあるし。すまないが、会社に車を置いたら、君はタクシーで帰ってくれないか？」<br />
	「畏まりました」<br />
	モーリスは厳かに頷いた。彼はマーサの甥で、ちょうどアーサーが廃屋同然になっていた母の実家を買い取った頃高校を卒業し、就職先の当てもないと言う話を聞いて、庭師兼運転手として雇った青年だ。昨今の若者にしては珍しいくらい素直で純朴で、彼はアーサーのことをこの地球上で一番尊敬していた。<br />
	「叔母がぼやいてましたよ」<br />
	車を運転しながらモーリスは言った。<br />
	「会社に入ったんだからもっと仕事の量は減るはずなのに、何でこんなに毎日帰りが遅いんだって」<br />
	アーサーは何も言わず、ただクスクスと笑った。アーサーの仕事についてはマーサはほとんどと言っていいほど何も知らない。彼女は彼は社長になったんだから、以前の仕事とは縁を切ったものだと思っているらしい。一度、自分がどんな仕事しているのか、マーサに逐一説明してやろうか、と一瞬思ったが、思っただけで疲れたので溜息をついて彼は言った。<br />
	「今日は出来るだけ早く帰るといっておいてくれ」<br />
	「畏まりました」<br />
	モーリスはまた頷いた。</p>
<p>
	　会社に着いたのはほとんど終業時間間際だったが、まだ終業時間にはなっていない。ミス・ラングドンはいるはずだ、と思いながら、アーサーは社長室へ急いだ。社長室へと向かう廊下を歩いていると、微かに笑い声が聞こえてきた。女性の声だ。どの部屋からだろうと思って社長室の前に立つと、目の前のドアの向こうから聞こえてくるのがわかった。<br />
	――誰が笑ってるんだ?――<br />
	アーサーはそっとドアを開け、5センチくらいの隙間から中を覗いた。すると、秘書の机の前にジョーの甥、ルーカス・メイソンが座っていて、その前に声をあげて笑っている女性がいた。笑っているので一瞬それが誰だかわからなかったが、それが秘書のミス・ラングドンだと気がつくと、自分の目を疑った。<br />
	――ミス・ラングドンが笑ってる&hellip;&hellip;?――<br />
	笑っている彼女の顔はとても美しかった。無表情な時でも美しいが、彼女が笑うと、周りの空気までが輝いて見える。その笑顔は今、ルーカスに向けられていて、2人の間には確かに親密さがあった。アーサーの心の中に、その楽しげな雰囲気をぶち壊したい衝動が沸き起こった。<br />
	「鬼の居ぬ間に命の洗濯かい？終業時間まで、まだあと５分あるが&hellip;&hellip;？」<br />
	彼の声は、彼自身でもわかるくらいに意地悪だった。</p>
<p>
	　アーサーが家に着いたのは午後6時だった。普段よりかなり早い時間に帰宅した彼を、マーサは満足げに迎えた。<br />
	「お夕食は7時半でよろしいですか？」<br />
	「ああ」<br />
	「その前にお茶をお持ちしましょうか？」<br />
	「いや、コーヒーがいいな。書斎に持ってきてくれ。夕食までに少し仕事をする」<br />
	「かしこまりました。あ、お留守の間に来た手紙は、書斎の机の上に置いておきましたよ」<br />
	「わかった」<br />
	マーサがキッチンのドアへ消えると、アーサーはいったん2階の寝室に向かい、そこでスーツを脱いでラフな服に着替えると、手と顔を洗って書斎に下りて行った。机の前の大きな椅子に体を沈めて、コンサルタント会社のことを考えようと思ったが、その前に何故だか秘書のエレイン・ラングドンのことが頭に浮かんだ。ピーターの話によると、彼だけではなく、ほとんどの会社の人間が彼女を「石の女」だと思っているらしかった。ところが、今日垣間見た彼女の笑顔はとても「石の女」の笑顔とは思えない。あれは表面的な作り笑いなどではなくて心からのものだった。<br />
	――ということは、つまり&hellip;&hellip;――<br />
	社内の中でも、ルーカスだけは特別ということだ。<br />
	――なるほどね――<br />
	ミス・ラングドンとルーカスは多分将来を約束しあった仲か、それに近い関係にあるのだろう。決まった相手がいるのなら、あれだけの美人だ。ほかの男に言い寄られないために、無愛想な態度をとるのは賢明というものだ。<br />
	　納得したところでアーサーはミス・ラングドンのことを頭から振り払い、机の上に置かれた手紙の束を手にした。見たところ、どれも急を要するものではないらしい、が、彼は最後の一通に目を留めた。真っ白い上質の封筒には手書きで彼の名前が記されている。差出人を見るとレイラ・ファーガソンの名前があった。<br />
	――そうか、もうそんな時期か――<br />
	封を開けてみると、案の定、それは彼女の誕生パーティーへの招待状だった。レイラ・ファーガソンは、アーサーの父親の4人目の妻、ルシリアの母親だ。ルシリアはアーサーより3歳年下だが、彼の義理の母親には違いなく、ということは、彼女の母親であるミセス・ファーガソンはアーサーにとって義理の祖母ということになるのだろうか。アーサーも彼女も、お互いを祖母と孫の関係だと思ったことは一度もないが、アーサーの父親、ロドニーがルシリアと別居状態になり、ほとんど音信不通になった5年前から、ミセス・ファーガソンはロドニーの名代として自分の誕生パーティーにアーサーを招待するようになった。そして、毎年彼はその招待を受けている。ミセス・ファーガソンはどちらかと言えば勝気で我が強く、一筋縄ではいかない性格の女性だが、アーサーは彼女のことが嫌いではなかった。むしろ、彼女が男性以上に合理的な思考を持ち合わせていることに好感を持ってる。　彼女の誕生日は10月15日、今年は金曜日にあたってた。確かその日の夜は会社の親睦会の一環としてダンスパーティーがあると回覧が回ってきたが、アーサーはミセス・ファーガソンの誕生パーティーを優先させることにし、出席の返事を書くために便箋を取り出した。<br />
	<br />
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	&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
    <dc:date>2012-05-01T15:28:53+09:00</dc:date>
    <dc:creator>No Name Ninja</dc:creator>
    <dc:publisher>NINJA BLOG</dc:publisher>
    <dc:rights>No Name Ninja</dc:rights>
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    <title>３</title>
    <description>　「彼女は石の女だよ」と、ピーター・ディーズは言った。彼はジョー・アビントンの遠縁に当たる人物で、かなり遠いが、アーサーとも親戚関係にあり、今、ATHOMESの人事課長補佐をしている。アーサーはATHOMESの社長に就任するに当たり、重役たちとの顔合わせで会社を訪れた際、ピーターに会って、今後自分の...</description>
    <content:encoded><![CDATA[　「彼女は石の女だよ」と、ピーター・ディーズは言った。彼はジョー・アビントンの遠縁に当たる人物で、かなり遠いが、アーサーとも親戚関係にあり、今、ATHOMESの人事課長補佐をしている。アーサーはATHOMESの社長に就任するに当たり、重役たちとの顔合わせで会社を訪れた際、ピーターに会って、今後自分の秘書になるエレイン・ラングドンなる女性について尋ねてみたのだ。<br />
　「彼女はまあ、仕事はよく出来る女性で&hellip;&hellip;、しかし&hellip;&hellip;」ピーターはそれから言い淀んで、しばらく間を置いてから言った。「社内の評判はあまりよくない」<br />
「というと？」<br />
アーサーが促すと、彼は考え込んでから慎重に話し始めた。<br />
「いや、確かに仕事は正確で迅速で申し分ない。だが、いつも冷静沈着な顔をして、笑ったところを見たことがない、いや、僕だけじゃない。みんなそう言う。化粧をせず、いつも地味な服を着ていて、仕事に関係する以外の話は誰ともしないし、冗談や軽口の類は澄ました顔で受け流す。ついたあだ名が「石の女」だ。例え美人でも、あれではだれも寄り付かない。秘書としては優秀なんだが、女性としてはね&hellip;&hellip;。もっとも」<br />
ピーターはにやりと笑った。<br />
「君は女嫌いなんだから、その方がいいだろう？　お色気むんむんの秘書よりは」<br />
確かにそうだ、とアーサーは軽く調子を合わせ、礼を言ってピーターと別れた。そして、歩きながら考えた。確かに、色仕掛けで男に言い寄ってくるような女ではないのだろう。だが、きっと、能力こそが全てという信条を持ち、自信満々で自分より劣った人間を鼻で笑うような女に違いない。アーサーは心の中で呟いた。<br />
――そんな女も大嫌いだ――<br />
　エドワードの妻、マグダは、大学の博士課程を修了して教育学と児童心理学の2つの博士号を持っている才女だが、彼女に関して言えば、ただ単に研究熱心というだけで、人を見下すこともしないし、男よりも抜きん出でやろうという野心は全く持っていない。それが証拠に、あれだけの学歴を持ちながら、結婚したとたん、専業主婦になり、家事と子育てに専念している（最も、家事の方は優秀な使用人がいるからやることはほとんど無いのだが）。だが、ピーターの話を聞く限り、ミス・ラングドンという女性がマグダのような女性であるとは考えにくい。<br />
――傲慢、冷淡、高飛車――<br />
考えれば考えるほど気分が重くなるのをアーサーは感じた。半年我慢できればいいだろうか。そして、その後配置換えをしよう。と彼は心に決めた。<br />
<br />
　いくらジョーが株のほとんどを保有している大株主で社長だといっても、彼の鶴の一声で社長が変わることについては少なからず社内から反発が出るはずだと思っていたアーサーは完全に肩透かしをくらった。臨時株主総会が開催され、20人ほど集まった株主の間でアーサーが社長に就任することについて、一切異論が出ないまま、和気藹々と総会は短時間で終了し、その後の重役や役員たちとの会談も、実に和やかな雰囲気で終始した。名誉職に近い役員はさておき、重役の中には会社の創設期からジョーと一緒に仕事をしてきた叩きあげの人物も数人いたが、誰も、アーサーが社長になることについて異議ありと声をあげる者はいなかったし、逆にジー以上にアーサーを歓迎していた。<br />
　「この厳しい国内情勢、国際情勢を考えるとね」と、そのうちの1人レスター・クアークはにこにこ顔で言った。「これからもこの会社を維持するには若い人間に任さないとダメだと思うんだ。君なら申し分ない。若い、そして有能だ。多分他の誰よりもね」<br />
アーサーは、ジョーが会社経営者にしては度を越してお人よしなのは知っていたが、まさか、会社の重役たち全員がお人よしだとは思ってもいなかった。この会社、よく今まで潰れもせず、乗っ取られもしなかったな、とほとんど驚愕に近い感動を覚えるほどだ。<br />
「正式に社長に就任するのは9月27日ということで&hellip;&hellip;」<br />
ジョーが手帳を捲りながら言った。<br />
「その前の金曜日、24日の午後に最後の引継ぎをしよう。そのとき秘書にも会わせるよ」<br />
「わかりました」<br />
アーサーは秘書に関してはもう、何の関心もなかった。どういう女性であれ、ジョーに配置換えの相談が出来るまで（多分半年位だろうか）きちんと仕事さえしてくれればいい。仕事の面に関しては、ジョーとピーターの折り紙つきだから大丈夫だろう。<br />
<br />
　24日、アーサーはジョーと待ち合わせて、会社に近いレストランで一緒に食事をし、それから2人でATHOMES本社ビルに向かった。<br />
「さあ、月曜日からここが君の仕事場だ」<br />
ジョーはそういって社長室と書かれたドアを開けた。ドアの先は小さな部屋で、左手にキッチンへ通じるドア、正面におそらく本当の社長室に通じるドア、そして、右手に事務机があり、そこに艶やかな薄茶色の髪をきっちり結い上げている女性が座っていてパソコンの画面を見ていたが、彼らが入っていくと彼女はクイ、と顔を持ち上げた。<br />
「&hellip;&hellip;」<br />
きつい眼鏡の奥の、ガラス細工のような美しいグレイの瞳が目に飛び込んできてアーサーは一瞬固まった。何かが胸に突き刺さったような気がして、彼は初めて感じるこの感覚の正体を見極めようとしたが、今はそんな状況ではなさそうだった。<br />
「エレイン、アーサー・ファリントンを紹介しよう」<br />
ジョーの言葉で、彼女は弾かれたように立ち上がり、アーサーの前に立った。女性にしては背が高い方だが、長身のアーサーと比べると、まだ頭半分くらい低い。<br />
「エレイン、こちらが来週から新しい社長になる、アーサー・ファリントン。アーサー、こちらが秘書のエレイン・ラングドンだ。月曜日から君の秘書になる」<br />
「はじめまして」<br />
ミス・ラングドンは心持ち蒼ざめた顔で手を差し出した。アーサーは「はじめまして」と言いながらその手をゆっくりと握った。とても細くてしなやかで、そして冷たい手だった。その冷たい手は、グレイの瞳と同じようにアーサーの胸に何かを残した。<br />
<br />
　ジョーとピーターの言った通り、確かにミス・ラングドンは仕事が出来た。会社全体の日程をきちんと把握していて、スケジュール管理は完璧だし、あまり重要ではない手紙やメールへの返事を代わりに書かせても、もしかしたらアーサー自身が書くよりも的確かもしれないというものを書く。要求した資料は驚くべき速さで探し出し、きっちりそろえて提出する。その他、来客への対応も、朗らかさに欠けるとはいえ礼儀正しく、彼女の美貌も相まって、客のほとんどは彼女に賞賛の眼差しを贈って帰っていく。社長に就任して1週間で、アーサーは彼女を秘書として使わないのは宝の持ち腐れだと言ったジョーの言葉は正しかったと認めざるを得なかった。そして、自分がミス・ラングドンに対して持っていた先入観は間違いかもしれないとも思いはじめてきた。<br />
　彼女のことを「石の女」と言ったピーターの言葉はそれはそれで正しかった。とにかく彼女は笑わない。流石に来客に対しては控えめに微笑むが、アーサーにはその程度の笑みでさえ向けたことがない。いや、笑わないばかりではない。アーサーは未だに彼女の顔に感情というものを見たことがなかった。いつも仮面のような取り澄ました顔をして、アーサーの指示を聞き、仕事の報告をし、書類を提出する。アーサーは自分が無愛想な人間だと言うことを棚に置いて、こんな愛想のない女は見たことがない、と思った。だが、彼女は彼が予想していた女とは若干違っていた。奇妙な事に、彼女に感じるのは高慢でも冷淡でもなく、怖れと悲しみなのだ。何を怖れていて、何を悲しんでいるのか、アーサーにはまるでわからなかったが、仕事がスムーズにはかどる限りはそんなことを詮索する必要は全くなく、彼は仕事に集中した。そして、仕事に集中できると言うことは、ミス・ラングドンが自分にとっては全く気に障らない女性だからだということに気がついた。少なくとも、その点に関しては嬉しい誤算だった。<br />
<br />
<br />
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    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
    <dc:date>2012-02-05T09:29:05+09:00</dc:date>
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    <title>２</title>
    <description>
	　レディ・ファリントンを訪ねてから2週間ほどがたった8月の最後の日に、ジョー・アビントンがアーサーに電話を掛けてきた。簡単な近況報告の後、「それで、会社の件は考えてくれたかね」とジョーに尋ねられて、アーサーは「お引き受けします」と答えた。実のところ、ジョーが会社の件を持ち出した瞬間までは、どう...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<div>
	　レディ・ファリントンを訪ねてから2週間ほどがたった8月の最後の日に、ジョー・アビントンがアーサーに電話を掛けてきた。簡単な近況報告の後、「それで、会社の件は考えてくれたかね」とジョーに尋ねられて、アーサーは「お引き受けします」と答えた。実のところ、ジョーが会社の件を持ち出した瞬間までは、どうしようか迷っていたのだ。ところが、考えるよりも先に口が動いて承諾してしまっていた。何事にも慎重な性格の彼としては極めて稀なことだった。</div>
<div>
	「おお、そうか。引き受けてくれるか！」</div>
<div>
	受話器の向こうで大喜びしているジョーに、「今の返事は撤回します」とは言い出しにくく、話を合せているうちに来週の日曜日に彼の家に行って細かい打合せをすることまで決められてしまった。</div>
<div>
	――僕はおかしくなったんだろうか――</div>
<div>
	受話器を置いて、アーサーは腕を組んだ。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	　コーヒーを飲もうとキッチンに入ると、流し台でマーサがジャガイモの皮を剥いている側で、ジェームズがテーブルについて新聞を読んでいた。</div>
<div>
	「ジョーの会社を引き受けることになった」</div>
<div>
	アーサーはそう言ってジェームズの向かい側の席に座った。ジェームズは新聞を畳んで、</div>
<div>
	「それは、それは」と言った。「よく決断されましたね」</div>
<div>
	「決断したというか&hellip;&hellip;、させられたというか&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーは言い淀んだ。</div>
<div>
	「あっさりと引き受けた自分が信じられない」</div>
<div>
	「いいことだと思いますよ」</div>
<div>
	マーサはアーサーの前にコーヒーを置いた。</div>
<div>
	「いつまでもふらふらと定職に就かないでいるから結婚も出来ないんです」</div>
<div>
	彼女の言葉にアーサーは苦笑した。マーサの論理では巨額の資金を動かしてのM&amp;Aは定職のうちに入らないらしい。確かにどこかの会社に帰属しているわけではなく、自分で自由にやってることだから、マーサにしてみればアーサーの職業は自由業に分類されるのだろう。</div>
<div>
	「マーサ、僕は女嫌いなんだよ」</div>
<div>
	アーサーは自分の仕事についてくどくどと説明するつもりはなかったので、結婚しない理由をその一言で片付けようとした。が、彼女は一笑に付した。</div>
<div>
	「そんな戯言聞き飽きましたよ。本心では、エドワード様や、ドクター・バーグマンが羨ましいくせに」</div>
<div>
	結構図星だったのでアーサーは口を噤んだ。</div>
<div>
	「私達はいつまでも長生きすることは出来ないんです。いつまでも旦那様のお世話をするわけにはいかないんですよ」</div>
<div>
	マーサは椅子に座って真正面からアーサーを見詰めた。彼女の目には微かに涙が浮かんでいる。</div>
<div>
	「有能な家政婦はいくらでもいます。でも、心からあなたのことを愛して支えてくれる奥様がいないとこの先の人生、寂しいですよ」</div>
<div>
	そういいながら、マーサはエプロンの端で目をぬぐった。</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	困り果てたアーサーはジェームズに視線を移したが、彼はすまなさそうな顔をして再び新聞を開いた。大抵の問題にはたちどころに解決策を見出す彼も、こういう状況ではなす術がないらしい。</div>
<div>
	　レディ・ファリントンと同じ内容の小言ではあるが、マーサの小言はいつも湿っぽくなるのでアーサーは苦手だった。しかし、それも、マーサの彼に対する愛情が母親以上だという事の証だろう。</div>
<div>
	「まあ、できるだけ善処してみるよ」</div>
<div>
	アーサーはそういってコーヒーを手にして立ち上がり、キッチンを後にした。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	　次の週の日曜日、アーサーはジョー・アビントンの自宅に向かった。彼の家は郊外の新興住宅地にあり、その住宅地は彼の会社が土地を購入し、造成し、区画整理をした上で、住宅を建てて開発した町だった。そこはジョーが思い描く理想的な街を具現化したような所で、それぞれの住宅の敷地は広く、緑が多く、閑静だ。彼の家はその住宅地の中でも一等地にあり、他のどの住宅よりも大きかった。</div>
<div>
	　アーサーが玄関をノックすると、ジョーの妻、メリッサ・アビントンが玄関の扉を開けて彼を迎え入れた。</div>
<div>
	「お久しぶりねえ。お元気でしたか？」</div>
<div>
	「ええ、あなたは如何です？」</div>
<div>
	「この季節は調子はいいのよ。でも、冬になるとね&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	小柄でぽっちゃりしたミセス・アビントンは少し顔を曇らせたがすぐに明るい声で言った。</div>
<div>
	「でも、あなたがジョーの会社を引き受けてくれて嬉しいわ。さあ、どうぞ。お茶の用意は出来てるのよ」</div>
<div>
	そして、アーサーは彼女に招きいれられて客間に入った。</div>
<div>
	　ジョー・アビントンは既に客間の肘掛椅子に座っていて、アーサーが入ってくると立ち上がり、彼の手をとって大きく振った。</div>
<div>
	「よく来たな。いやあ、承知してくれて本当に嬉しいよ」</div>
<div>
	「本当に僕でよかったのかと、あなたが後で後悔しなければいいのですが」</div>
<div>
	アーサーが言うと、ジョーは笑いながら彼の背中を叩いた。</div>
<div>
	「そんなことがあるはずがない。さあ、まずはお茶にしよう。飲みながら今後のことを話そうか」</div>
<div>
	　それから2人はお茶を飲みながら会社の引継ぎについて話し合った。アーサーがジョーの会社を引き継ぐと言っても、2つの方法がある。ひとつは、アーサーがジョーの持っている会社の株を全部買い取り、大株主になった上で名目的に実質的にも社長になる方法で、もう1つは、株はジョーが保有したまま、アーサーは役員として会社に入って社長に就任し、会社から役員報酬を受け取る、つまり、雇われ社長になるという方法だ。ジョーは株を買い取ってもらっても構わないと言ったが、アーサーはそれには気がひけた。なんといっても彼の会社ATHOMESはジョーが一代で築き上げた会社だ。全株を彼から買い取るということは、彼と会社との関係を完全に絶ってしまうということだ。</div>
<div>
	「僕はあなたの指名した取締役社長で構いません。あなたから経営権を預かるという形にし他方が良いと思うのですが&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーが言うと、ジョー・アビントンはくすくす笑った。</div>
<div>
	「僕のことを思って言ってくれてるのかな？それとも、会社の経営に飽きた放り出すための逃げ道かな？」</div>
<div>
	「ジョー、僕は&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	「いやいや、冗談だ。君がそんな無責任な男ではないことは知っている。うーん。じゃあ、こうしよう、とりあえず、株は私が保有しておこう。君が買い取りたくなったらいつでも売ろう。もっとも、君が雇われ社長だからといって、君に楯突くような社員は役員も含めて誰もいないと思うがね」</div>
<div>
	「そうですか？」</div>
<div>
	「うむ&hellip;&hellip;。ただ、言っておきたいのは、私が大株主だからといって、君の経営に口を出すつもりは全くないということだ。君が思うように自由にやってくれ、ただし&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	ジョー・アビントンは一旦言葉を切った。</div>
<div>
	「ただし？」</div>
<div>
	アーサーが先を促すと、彼は徐に言った。</div>
<div>
	「会社の経営を君に任せるに当たって、１つだけ条件がある」</div>
<div>
	「何ですか？」</div>
<div>
	「私の秘書は、エレイン・ラングドンという女性なんだが、彼女を引き続き、君の秘書として使って欲しい」</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーは次に来る言葉を待っていたが、ジョーが何も言わないので眉間に皺を寄せて彼を見つめた。</div>
<div>
	「それだけ、ですか？」</div>
<div>
	「それだけだ」</div>
<div>
	「会社を任せる条件が、秘書を引き続き雇うということだけですか？」</div>
<div>
	「その通り」</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーは暫くの間沈黙した。その間に頭の中を整理してから質問をした。</div>
<div>
	「解雇はしませんが、配置換えというのではいけませんか？僕には秘書は必要ありません」</div>
<div>
	するとジョーはにべもなく言った。</div>
<div>
	「だめだ」</div>
<div>
	アーサーは眉間の皺を一層深めた。</div>
<div>
	「何故です？」</div>
<div>
	「秘書は必要だよ。君。取引先のお偉方が来た時、君が客にコーヒーを出すのかね？古臭い考え方かもしれないが、体面というものがある。それに、ミス・ラングドンは実に有能で、まさしく秘書としてうってつけの人物だ。適材適所。私は４０年間、このことを心がけて仕事をしてきた。彼女を他の部署に配属するのは宝の持ち腐れというものだよ」</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーは腕を組んで考え込んだ。今まで１人で気ままに仕事をしてきたので、秘書を雇うという考えは全くなかった。忙しくて手が足りない時には誰か男子社員に手伝ってもらえばいいだろう、と軽く考えていたのだ。</div>
<div>
	――女は要らない――</div>
<div>
	　ミス・ラングドン、とジョーは言った。ということは未婚の女性ということだ。アーサーは心の中で溜息をついた。彼は自分の容姿がとにかく女性にとっては魅力があるらしいということは学生時代から気が付いていたが、正直言って、蝶が花に群がるように、彼の容姿と財力に惹きつけられて来る女性にはうんざりしていた。みんな最新の流行を追い求め、結果的に同じような服を着て同じような化粧をして、同じような話し方をする、中身が空っぽの女性たちだ。だから彼はそういった類の女性を遠ざけるために、ここ１０数年ずっと「女嫌い」を通してきた。レディ・ファリントンもマーサもそんなことをするから女性が寄り付かなくなり、いつまでたっても素晴らしい女性と巡り会えないのだと言うが、一挙手一投足にいらいらする女性に煩わされないためなら一生独身でも構わないとアーサーは思っていた。</div>
<div>
	　――そんな条件を出されるのなら、この話、断ってやろうか――と、思った時、ミセス・アビントンが部屋に入ってきた。</div>
<div>
	「お話は進んでますの？」</div>
<div>
	彼女は夫の隣の椅子に腰掛けて、おっとりとした笑みをアーサーに向けた。</div>
<div>
	「本当に、あなたがジョーの会社を引き受けてくれてよかったわ」彼女は胸に手を当てていかにも安心した様子で、ほう、と息を吐いた。</div>
<div>
	「これで、私もジョーも心残りなくファンチャルに行けるわ」</div>
<div>
	「ファンチャルに永住されるおつもりですか？」</div>
<div>
	「いえ、夏はこちらに帰ってこようかと思ってるの。でも、冬の間はねえ&hellip;&hellip;、ここだと喘息が&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーはジョー・アビントンが会社を手放そうと考えた理由を思い出した。彼自身、高血圧の症状がだんだん悪くなっているということもあったが、第１の理由は、数年前から妻のメリッサが冬になると喘息を起こすようになったからだった。冷たい空気が喘息の引き金になっているらしい。冬の間だけでも暖かいところで暮らせば発作は避けられると医者に勧められて、アビントン夫妻はポルトガル領のファンチャルに引っ越すことを決めたのだった。</div>
<div>
	「&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーはもう一度心の中で溜息をついた。一旦引き受けると言った以上、今更断ることは出来そうにない。ミセス・アビントンは切実に暖かい地方で暮らしたがっている。父の従兄弟に当たるジョーにも、妻のメリッサにも、アーサーは子供の頃から世話になっていて、今回会社の件を引き受けたのはその恩返しの意味もあったのだ。</div>
<div>
	――秘書のことさえ我慢すれば&hellip;&hellip;――</div>
<div>
	何とかなるだろう、とアーサーは考えた。もし、どうしても気に入らない女性なら。半年か１年後、ジョーに承諾を得て配置換えをしよう。それほど気に障らない女性なら、それに越したことはないが&hellip;&hellip;。アーサーは心を決めて言った。</div>
<div>
	「わかりました。その条件、のみましょう」<br />
	<br />
	<br />
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    <dc:subject>大きな樫の木の下で</dc:subject>
    <dc:date>2012-01-06T15:35:17+09:00</dc:date>
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    <title>１</title>
    <description>
	　8月半ばの日曜日、アーサー・ファリントンは伯母のマチルダ・ファリントンに会いに、ファリントン邸を訪れた。シティ郊外の高級住宅地にあるファリントン邸は、広大な庭に囲まれた壮麗なバロック様式の建造物で、館とか、屋敷と言うより宮殿に近い。アーサーは玄関前の広場に適当に車を止めると玄関に向かった。巨...</description>
    <content:encoded><![CDATA[<div>
	　8月半ばの日曜日、アーサー・ファリントンは伯母のマチルダ・ファリントンに会いに、ファリントン邸を訪れた。シティ郊外の高級住宅地にあるファリントン邸は、広大な庭に囲まれた壮麗なバロック様式の建造物で、館とか、屋敷と言うより宮殿に近い。アーサーは玄関前の広場に適当に車を止めると玄関に向かった。巨大な扉の横にはインターフォンのボタンもあるが、アーサーはドアに取り付けられている年代物のノッカーを使ってドアを叩いた。数十秒後、微かな音ともに扉が開いて、執事のネイサン・ブレッドが顔を覗かせた。</div>
<div>
	「これは、これは、アーサー様。ようこそおいでくださいました」</div>
<div>
	いかにも厳格な執事そのものといった風貌のネイサンがアーサーを見るなり顔をほころばせる。</div>
<div>
	「やあ、ネイサン。こっちに来るのもずいぶん久しぶりだが、みんな恙無かっただろうね」</div>
<div>
	「ええ、皆様お元気でいらっしゃいます。エドワード様が別邸に移られてから多少静かになりましたが」</div>
<div>
	「伯父上と伯母上はいるかい？」</div>
<div>
	「旦那様は北部の大学での集中講義でここ1週間ほど留守にされていらっしゃいます。奥方様はテラスの方です。どうぞ、お入りください」</div>
<div>
	ネイサンが館の中に通そうとするのをアーサーは断った。</div>
<div>
	「いや、こっちから回っていこう。庭も見たいし」</div>
<div>
	「では、テラスの方にコーヒーをお持ちします」</div>
<div>
	ネイサンは一礼してホールの中に引っ込むと扉を閉めた。アーサーはポーチの段を下りて、館の右手に向かった。ネイサンの言うテラスとは庭全体を見渡せる屋敷の裏手の方にある客間のテラスのことだ。アーサーは色とりどりの花が咲き乱れる美しい庭を右手に見ながら館を回り込むように歩いていった。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	　テラスに置かれた籐椅子に座って手紙を読んでいたレディ・マチルダ・ファリントンはアーサーの足音に気が付いて顔を上げ、彼の姿を見つけると笑顔になって立ち上がった。</div>
<div>
	「アーサー。よく来たわね」</div>
<div>
	彼女がアーサーに向かって数歩足を進めた時には、彼は既に目の前に立っていて、レディ・ファリントンは自分より遥かに背の高い甥の体を抱きしめた。</div>
<div>
	「お久しぶりです。伯母上。お元気でしたか？」</div>
<div>
	アーサーは６０歳に近いと言ってもまだ張りのあるレディ・ファリントンの頬にキスをして言った。</div>
<div>
	「ええ。あなたは？相変わらず仕事ばっかりしてるんでしょう」</div>
<div>
	彼女の言葉にアーサーは笑い声を上げた。</div>
<div>
	「いや、全く、その通りですよ。ここ数週間、食事と睡眠以外はほとんど仕事しかしてないことに気が付きまして。今日はちょっと気分転換にここに来たんです」</div>
<div>
	「本当にもう！」</div>
<div>
	レディ・ファリントンはわざとらしく溜息をついて、再び椅子に腰をおろした。アーサーも彼女の隣の椅子に座る。</div>
<div>
	「女嫌いと嘯くのもいい加減にして、早く結婚しなさい。あなたもう、37歳でしょう？このままだと本当に一生１人で仕事に明け暮れる寂しい人生を送ることになるわよ」</div>
<div>
	ここに来れば、その手の小言を聞かされることになるのはわかっていたが、それを承知の上でファリントン邸に足を運んだのは、むしろ、その小言を聞くためなのかもしれないと彼は思った。</div>
<div>
	「僕だってね、伯母上。これだ、と思う女性がいれば結婚したいんです」彼は本音を語った。「でも、なかなかいないんですよ。どうやら僕は愛の女神に見放されているのかもしれない」</div>
<div>
	「あなたが本気になって探さないからよ。そもそも、若い女性のいる所になんか行こうとしないじゃないの。おまけにあなたが自分のことを『女嫌い』と触回ってるせいで、女性の方から避けられてるのよ。わかってるの？」</div>
<div>
	「ええ、まあ」</div>
<div>
	アーサーはくすくす笑いながら曖昧に呟いた。昔はアーサーのナニーをしていて、今は家政婦をしているマーサもしょっちゅう同じことを言ってるが、レディ・ファリントンの小言は何故だか耳に心地いい。</div>
<div>
	「そうね、まず、あなたに必要なのは出会いの場ね。そうだわ、丁度良かった。ここに何通か」そういってレディ・ファリントンはテーブルの上に置いた手紙の山を手に取った。</div>
<div>
	「パーティーの招待状があるから、これに&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	「待ってください、伯母上」</div>
<div>
	アーサーは手紙を繰りだしたレディ・ファリントンの手を掴んだ。</div>
<div>
	「僕の探し求める女性は、そういうところにはいません」</div>
<div>
	「何故そんなことがわかるの？」</div>
<div>
	「伯母上は伯父上とどこで出会ったんですか？エドワードがマグダと出会ったのは、サウスロックの森の中、ヘンリーとアリスは公園で、ケインとユージェニーは&hellip;&hellip;？高価な服にブランド物の靴やバッグ、それに美容とダイエットのことしか頭にない女性はお断りです」</div>
<div>
	「それは偏見というものよ」</div>
<div>
	レディ・ファリントンはそう言いながらも手紙の束をテーブルに戻し溜息を吐いた。</div>
<div>
	「あなたの言わんとすることはわかるわ。でもねえ&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	溜息と一緒に落とした彼女の肩を軽く叩いてアーサーは言った。</div>
<div>
	「僕のことは自分で何とかしますよ。伯母上は伯父上とエドワードとマグダとヘンドリックのことだけ考えていればいいでしょう」</div>
<div>
	「ああ、ヘンドリックと言えばね。まだ３ヶ月なのに、もう寝返りがうてるのよ。それにね&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	レディ・ファリントンは孫のことが話に出てきたとたん、ぱっと顔を明るくして、滔々と自慢の孫について語り始めた。</div>
<div>
	　</div>
<div>
	　「実は、ジョー・アビントンが自分の会社を引き継がないか、と言ってきたんです」</div>
<div>
	レディ・ファリントンの孫自慢が一段落つき、ネイサンが持ってきたコーヒーを口に出来るようになってからアーサーは言った。</div>
<div>
	「まあ、ジョーが？　彼の会社はうまくいってないの？」</div>
<div>
	レディ・ファリントンは口に運びかけたカップをソーサーに置いて心配そうにアーサーの顔を見つめた。</div>
<div>
	「いえ、彼の会社は大企業と言うほどではありませんが、堅実ですし、業績はいいんです。彼は引退して余生を静かに暮らしたいと言ってましたが&hellip;&hellip;。それにしても、何故、僕なのかな？」</div>
<div>
	「そうねえ&hellip;&hellip;、ロジャーもケネスも会社を継ぐ気はないようだ、と、以前ジョーが言ってたことがあるわ。２人とも学者でしょう？確かに会社経営には縁がないわね」</div>
<div>
	「別に息子に譲らなくても、会社内には生え抜きの優秀な人物もいるはずですが&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	「あなたなら任せて安心と思ったんじゃない？それで、その話受けるの？」</div>
<div>
	「さあ、まだ決めてません。今までいろんな会社の経営に係わってはきましたが、基本的に今まで１人で気ままにやってきましたからね。今更組織の中に入って&hellip;&hellip;何をするのかな、と思わないわけではないんです」</div>
<div>
	「と言うことは、考えてみても良いと思っているのね」</div>
<div>
	「そうですね。この話が３年前に来たのであれば、すぐに断っていただろうとは思いますが&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーはそれっきり口を閉ざしてしまった。コーヒーを飲みながら、何か考え込んでいる様子だ。レディ・ファリントンはそんな彼を見て満足気に微笑んだ。</div>
<div>
	――どこか一箇所に腰を落ち着けるのはいいことだわ。彼も、そろそろそうするべきだと気付き始めたのよ――</div>
<div>
	　３歳の時に母親をなくしたアーサーを、レディ・ファリントンは自分の息子のように思い見守ってきた。一人息子のエドワードは若い頃、アーサーの真似をして独身主義を託っていたが、縁があってマグダという素晴らしい女性と出会い、結婚し、３ヶ月前に子供も生まれた。アーサーの異母兄弟たちは放っておいても、いずれ相手を見つけて結婚するだろう。今の彼女の気がかりは、アーサーが未だに独身で、結婚する気配がまるでないということだった。</div>
<div>
	――でも、彼にぴったりの女性がいたら、彼は必ず結婚して、良い夫、良い父親になることは間違いないんだけど――</div>
<div>
	問題は、そんな女性が本当にいるのか、いるとしても、彼が老人になってしまう前に出会うことが出来るのか、ということだった。</div>
<div>
	&nbsp;</div>
<div>
	　アーサーはファリントン邸から自宅に帰るために車を運転しながら、ジョー・アビントンの会社の件を考えていた。１つの会社に腰をおろし、ひとつの会社のことだけを考え、経営していく&hellip;&hellip;。ジョーから話を聞いたときにはそんな状況が酷く退屈なことのように思えた。彼の会社を引き継ぐということは、今のように多額の資金を動かし、会社の買収と経営の建て直しをいくつも同時並行的に行うというようなことはもう出来なくなるだろう。当然、収入も減る。</div>
<div>
	「収入か&hellip;&hellip;」</div>
<div>
	アーサーは１人呟いた。これ以上金を稼いでどうするんだろうという考えが不意に浮かんでくる。</div>
<div>
	　アーサーの父親、ロドニー・ファリントンは、最愛の妻を亡くして以来、家への執着をなくしてしまったように旅に明け暮れるようになった。仕事にも就かない唯の風来坊だ。そんな父親に代わって、彼の友人であり、彼の家の管財人を務めていたジェームズ・マクラウドが、彼が父親から受け継いだ資産を運用して金を稼ぎ、アーサーたちの生活を支えていた。アーサーはそんなジェームズを見て育ち、自分も大学生になってから株で金を稼ぎ始め、稼いだ資金を元に株や為替相場、先物取引などに投じ、更に資産を増やしていった。</div>
<div>
	　稼いだ金は次の取引に使う他は、ほとんど弟たちのために積み立てていた。ニコラスの母親ジュリアも、テリーとタイラーの母親アンも家に滅多に寄り付かないロドニーに愛想を尽かし、弟たちを置いて家を出て行ってしまった。彼女たちがロドニーと結婚したのも贅沢な暮らしのためであって、もともと彼に対する愛情も薄かったのだろう。</div>
<div>
	　だが、その弟たちももう独立し、アーサーの支援はいらなくなった（もっとも、彼らが起こした事業が危なくなったら助けるつもりだが）。残るのはまだ９歳のオリアナだけだ。現実的にはそれほど収入は必要なくなった。５年前に廃屋同然となっていた母親の実家を買い取り、今は自分の家もある。これ以上金を稼いでいったい何に使うのだろう。綺麗なドレスや宝飾品を買ってあげる妻も、夏休みにバカンスに連れて行く子供もないのに&hellip;&hellip;。</div>
<div>
	　アーサーは溜息をついてハンドルを叩いた。そして、もしかしたら、自分はジョーの話を受け入れるかもしれない、と思った。</div>
<div>
	<br />
	<br />
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